「上海を制する者が、中国を制す」──。中国・蘇州(江蘇省)でこのほど開かれたIT関連製品の代表的展示会「eMEX 2004」での産業フォーラムで基調講演を行った日本貿易振興機構(JETRO)の丸屋豊二郎・上海センター所長は、「日本企業は中国全体をマーケットに狙わず、ターゲットを絞る必要がある」としたうえで、上海から200-300キロ圏内の大上海経済圏(グレーター上海=上海市、江蘇省、浙江省)を「距離的な近さにメリットがある」と強調。今後、日本企業は市場開拓にあたって、「優秀な中国の人材をどんどん取り込み、登用していく必要がある」との考えを示した。丸屋所長の講演内容をレポートする。(小寺利典(本紙編集長)●取材/文)
ターゲットを絞った戦略を
■マクロ好調、ミクロ低迷 中国・華東エリアのグレーター上海は、面積で日本の2分の1、人口は日本と同等で、中陸部の安徽省を加えると2億人に達する。いま外資企業の投資は、この上海から200-300キロ圏内に集中している。
1997年における中国の投資受入額は520億ドル、ASEANが520億ドルだったが、03年には中国1150億ドル、ASEAN200数十億ドルと5倍の開きが出ている。また、これまで中国での投資は、華南の広東省が中心だったが、00年以降、最適生産地を考えたアジア一帯の分業が始まり、02年には華東への投資が華南を初めて追い抜いた。
JETROが昨年行った日本企業5500社へのアンケートでは、中国進出企業のうち45%が華東に入り、00年以降に限れば、その数は63%に上っている。
なかでも蘇州は、外資投資額(実行ベース)で03年に上海を抜いた。蘇州は今年上半期の外資投資が45億ドルで、前年同期比29%増。一方、上海は38億ドルだった。
中国の経済構造は、「マクロ好調、ミクロ低迷」、「外資主導、内資停滞」と、このところ余り変わっていない。経済成長率は2ケタと、マクロ的には非常に良い成長を見せているが、これは外資に支えられている結果。実際、蘇州は外資の輸出比率が88%にも達している。
一方、中国企業は芳しくない。上海の人々は(経済成長に)自信満々だが、これがアキレス腱になるかもしれない。08年のオリンピック、10年の万国博覧会まで高成長が続くとの見方もあるが、私はそう思わない。なぜなら、自信過剰で危機感がなくなり、過剰供給が続いているからだ。
■新中間層が増えるグレーター上海
中国企業は損益分岐を下回っても、生産を続けている。売り上げ拡大、シェア拡大で競争が激化しており、5%、10%の利益率を確保するより、売り上げ拡大、資産拡大の方が評価されている。機関投資家が少なく、まだ社会主義が抜けていない。
アパレル業界でいえば、中国企業と日本企業の場合、同じ素材・製品でありながら、中国の方が15%も安い。調べてみると、減価償却費や各種積立金が計上されておらず、ここにも社会主義の意識が残っている。これに日本企業がまともに競争すると難しい。よって、日本企業はまともに中国全土をマーケットとは狙わず、ターゲットを絞る必要がある。
グレーター上海には、1人あたりのGDP(国内総生産)が3000ドルを超える新中間層が出現している。GDP3000ドル超の人は、95年の上海市では10%にとどまり、ここを外資がターゲットとしていた。これが00年は40%、03年は60%と新中間層が増えており、上海市では1500-1600万の人口のうち800万人相当、グレーター上海では1200万人以上が新中間層に入る。
グレーター上海は物価水準が低く、1万5000元の給料のうち、2000元程度でお手伝いさんの費用や食費がまかなえ、残り1万3000元が余裕資金となる。大方が通勤圏1時間以内に住んでおり、こうした層が購買層に成長している。
「上海を制する者が、中国を制す」。上海は情報発信基地、流通基地として注目されており、上海製というだけでブランド力をもつ(中国は製品に生産地を記入する)。上海のデパートを内陸都市の関係者が見に来て内陸部のトップデパートへと波及し、さらに中小都市に波及していく構図がある。
最近、「中国は自動車でも外資をキャッチアップした」との報道があったが、これは中国内の製品に限ったことで、グレーター上海に日系企業が入る余地はまだまだある。
例えば、食品加工は上海でニーズが高く、サントリーは上海市場で40数%のシェアを握り、キリンビバレッジも進出している。キッコーマンは昆山で昨年から醤油生産を始めた。
SARS(重症急性呼吸器症候群)の影響で、昨年、ローソンが黒字化したという話もある。SARSで食の安全性が評価されるようになったため、ローソンなら信頼できると買っていく人が増えた。たばこも偽物が多いため、ローソンなら安心して買えるという。
■距離的な近さにメリット
日本と中国の食文化は似ており、所得水準さえ上がれば、製品に日本と同様の売れ行きが期待できる。
上海は、福岡から1時間半、名古屋なら2時間半で着ける。上海は牛乳の生産を日本に依存しているが、食の安全性に注目して、明治乳業は博多から牛乳を運ぼうとしている。中国の内陸からだと牛乳を運ぶのに数日間かかるため、日本からしか供給できない。
日本は距離的な近さにメリットがあり、上海の動きを肌で感じられるだけに、中国国内市場を狙った上海進出はこれからも増えると見ている。
これからの対中投資は、今年から来年あたりがピークとなり、一巡するだろう。だが、これまでの投資は一方的かつ日本への輸出が目的だったが、今後は中国企業の対日投資が増える一方で、逆に中国市場への攻めも重要になってくる。
ASEAN、中国、日本の経済圏が成長していくなか、日本企業は優秀な中国の人材をどんどん取り込み、中国の商習慣が分かる人、人脈を築ける人をどんどん登用していく必要があろう。
●JETRO上海センター
JETROにとって、米ニューヨークに次ぐ大きなセンターに位置づけられる。昨年3月、中国に進出する中堅・中小企業のトラブル解決をサポートする「進出企業支援センター」を開設。開設から1年間で、約1100件の個別相談に乗った。今年は毎月120件のペースで相談が寄せられ、農地転用や電力問題、代金回収問題などの相談に応じている。丸屋所長は2001年に赴任した。
●eMEX 2004
2002年10月から実施されているイベントで、今回は蘇州市街近郊に新しく完成したばかりの「蘇州国際博覧センター」で開催された。丸屋所長の基調講演は、「多極間ビジネスアライアンスを考えるフォーラム」(主催・BES蘇州ケンブリッジ展覧商務有限公司、TCA台北市コンピュータ協会、共催・JETRO上海センター/浦上アジア経営研究所、協力・アジアITビジネス研究会)の一環として、「大上海経済圏の発展と日系企業のビジネス展開」をテーマに行われた。