「e-Japan戦略」から「IT新改革戦略」へ。2001年にスタートしたe─Japan戦略が05年で区切りの年を迎え、06年からは次の5年先を見据えたIT新改革戦略が動き出す。わずか5年前まではインターネット利用者の多くがダイアルアップで接続していた状況から、高速・低料金のブロードバンド網が一気に広がり、いまやネット上でオークションや株取引、音楽配信サービスが活発化、ブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)も普及するなど、大きな変化をもたらした。しかし、IT化による社会変革はまだ序章に過ぎない。戦略の中に組み込まれた施策が本格的に動き出したとき、どのような社会が訪れるのか。20XX年のサラリーマンA氏(45歳)のある一日をモデルとして、IT社会の未来像を大胆に予想する。(千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文)
20XX年A氏の1日
20XX年のある土曜日の朝、神奈川県Y市に住むサラリーマンA氏は、いつものようにテレビモニタのスイッチを入れた。
最初に表示されたのが、A氏の健康データ。毎朝トイレに入って便座に座るだけで、体重や血圧、さらに尿などのチェックも自動的に行い、データがホームサーバーに蓄積され、モニタにグラフで表示してくれる。このデータは月1回、主治医にも自動送信されている。
「午前中は、お袋のレセプト(診療報酬明細書)と介護プランをチェックしなくちゃならなかったんだ」 A氏の母親は、75歳。5年前に夫を亡くし北海道Z市で一人暮らしを続けている。慢性疾患を抱えてA氏も心配なので、赤外線センサで母親の生活ぶりを知らせてくれる「見守りサービス」を4年前から利用し、生活パターンデータの変化から認知症などの兆候を医師が判断してくれるサービスも受けている。
「まずはお袋の電子カルテとレセプトをチェックしておこうか」
食事を終えたあとに、書斎のパソコンの前に座る。本人確認を行うための公的個人認証が格納された住民基本台帳(住基)カードをICカードリーダに差し込んで、母親の電子カルテを医療センターのサーバーから呼び出す。レセプトデータもダウンロードして電子カルテの診療記録や処方箋と比べることで、母親がどんな治療を受けているのかを詳しく知ることができる。一通りチェックしたあと、母親にテレビ電話をかけた。
「顔色は悪くないようだけど、体調はどう?先週から、新しい薬を飲み始めたみたいだね」
処方箋をチェックして気が付いたことを尋ねると、少し血圧が高くなって薬を追加したとのこと。
「同じ効能でもっと安い薬があるみたいだけど、変えられないかどうかを先生に聞いてみてよ」
以前なら、医師がどの薬を使うのかは一方的に決めていたが、レセプトや薬の副作用などのデータが公開されたことで患者側にも医療を選ぶことができでるようになった。
「健康保険証が入ったICカードをセットしてくれないか」
母親がデジタルテレビに接続したカードリーダの上に健康保険証を置いた。リモートアクセスして、ICカードに格納された医療費の領収書データをダウンロードする。
「じゃ、今度の休みにはそっちに行くから」。そう言って電話を切ったあとに、母親を担当するケアマネージャに電話を入れる。最近の様子を聞くとともに、先日送られてきたケアプランを話し合うためだ。
医療費も、介護保険も、自己負担が増えてきただけに、予防介護対策を含めてA氏も自分でチェックして選択する場面が増えた。
「何でも国に“お任せ”だった時代に比べると面倒になった気もするが、小さな政府にしてしまった以上、自分の負担を軽減するのも“自己責任”ということか。それにしても将来、自分の息子や嫁が面倒みてくれるかなぁ」
小さな電子政府は実現するか?
確定申告は自宅のPCから
家族との夕食を終えると、A氏は再び書斎に入って、パソコンのスイッチを入れた。ちょうど確定申告の時期を迎え、電子申告を済ませてしまう必要があったからだ。加えて、妻が主婦仲間と一緒に経営する衣料雑貨の店が結構な人気で、経理を手伝わされており、北海道で一人暮らししている母親も年金収入のほかにアパートの家賃収入もあるので、その電子申告もA氏の役割になっていた。
「先に自分の方から終わらせてしまうか」
A氏は、自分が勤める会社の社員証ICカードをカードリーダに差し込み、会社の給与事務を代行しているQ社のサーバーにアクセスして、まず給与所得の源泉徴収票データを入手する。紙の時代であれば、年末調整の用紙に生保や損保の支払い証明書や、住宅ローンの年末残高証明書など必要書類を添付して提出すると確定申告の必要のない人も多かった。しかし、サラリーマンにも「必要経費」が認められるようになったため、いまでは国民のほとんどが確定申告している。

次に、A氏はメールボックスをチェックして、取引銀行やクレジット会社からの証明書作成通知メールをピックアップする。支払いは電子決済かクレジット決済で済ませており、銀行などでは必要経費として認められる決済項目だけを抜き出して、確定申告に添付できる決済データを作成するサービスを始めていた。
「少し前なら、紙の領収書をせっせと集めて、添付書類として郵送しなければならなかったのに…。次は女房の分を片付けよう」
妻の小さな衣料雑貨の店は、株式会社で運営している。会社法改正で起業しやすくなったこともあるが、消費税が大幅に引き上げられ、事業者はインボイス(税の領収書)の発行が義務付けらたことなどで零細・個人事業者も会社組織の方がやりやすい環境となっていたからだ。
顧問税理士は、沖縄県に大規模なセンターを設置して格安料金でインターネットでのサービスを提供する税務法人と契約。売り上げデータと仕入れ業者から送付されたインボイスを、公的個人認証を付けてセンターに送付すると、消費税の納付額も計算して電子申告してくれるので、あとは税務署から電子納付書が送付されてくるだけ。
「最後はお袋の分だな」
団塊の世代が定年退職したのをきっかけに、確定申告する高齢者の数が大幅に増えたが、高齢化がさらに進んで母親のように助けが必要なケースも多い。それをビジネスにする税理士も増えてきた。 「ようやく医療費の増加にも歯止めがかかり、消費税率アップで税収も増えた。これで国・地方の財政再建が進むのなら、IT化を積極的に推進した意義もあるのだが…」