IT化で病院の収入が減る？

■電子カルテの導入率は5％

　医療分野のIT化は、01年12月に厚生労働省が策定した「保健医療分野の情報化に向けてのグランドデザイン」に、A氏のようなシナリオはほぼ盛り込まれていた。電子カルテの導入、レセプトの電算化、遠隔診療医療システム、最適な診療情報をデータベース化したEBM（根拠に基づく医療）システム、医薬品の安全性や患者負担などの情報提供を行う医薬品総合情報ネットワークの構築などを明記。06年度までに電子カルテは全国の診療所の6割以上に、レセプト電算化は7割以上をめざすとした。しかし、現状では電子カルテの普及率は5％に満たない状況で、レセプト電算化も2割を超えたところだ。

　なぜ、IT化が目に見えて進まないのか。日本医療情報学会理事の豊田建HCI代表取締役は「電子カルテなどの導入が、病院の収入減につながり、投資のインセンティブが働かないから」と指摘する。医師自身に業務改革に取り組む意欲が欠けている面もある。

■公的認証で医療情報を開示

　「まずはレセプトデータのオンライン化が、医療IT化の突破口になる」（経済産業省商務情報局幹部）―以前から医療における改革の本丸は、レセプト電算化と指摘されてきた。レセプトコンピュータはすでに７割以上の病院で導入されており、病院側にも電子データでの提出を拒む理由は乏しい。「IT新改革戦略」では、「レセプト完全オンライン化」を11年当初までに実施することを最大の目玉として明記。郵政民営化を構造改革の本丸として一点突破を図った小泉政権らしい目標設定である。

　新戦略では、個人が生涯を通じて健康情報を活用できる基盤作りも打ち出された。医療分野では先進事例として知られる亀田総合病院では、電子認証基盤を活用して高齢になった親のカルテを、離れて住む子どもが見ることができるサービスを提供し始めており、健康診断の情報だけでなく、電子カルテの照会も不可能ではないはず。

　「住基カードと公的個人認証の普及が遅れているが、最大のキラーコンテンツは医療情報だ」（総務省自治行政局幹部）―レセプトやカルテが電子化されて、それらの情報を患者やその家族がネットを通じて簡単に見られるようになれば、国民にとって最もニーズの高い情報となるのは間違いない。そこで鍵を握るのが厳密な本人確認が可能な公的個人認証である。

　04年1月にスタートした公的個人認証サービスは、電子政府・電子自治体サービスを利用する場合に本人確認を行う基盤として導入されたが、まだ発行件数は10万件。同サービスの利用が、公務員に限定されてきたことが普及のネックにもなっていた。

　総務省では現在、公的個人認証法の改正案を国会に提出中。早ければ来年度始めにも成立する見通しで、弁護士、司法書士、税理士、さらに医師など国家資格を持って国との情報をやりとりする職種で、公的個人認証の利用が可能になる。国民が公的個人認証を使って、医師に電子カルテなどの情報提供を求めた場合に、医師が情報請求者の本人確認を行ったうえでインターネット経由での情報提供する仕組みが構築できる。