パソコンはシンかリッチか

　企業向けパソコンはシンクライアント化するのか、それともリッチクライアント路線を進むのか──。再燃する論争のなかでハードベンダーの見方が分かれている。セキュリティ需要の高まりで再び脚光を浴びているが、その先には「シン」と「リッチ」の単純な対立というだけでは片づけられないベンダーの戦略が見え隠れする。

　シン積極派はNEC、日本ヒューレット・パッカード（日本HP）、日立製作所。富士通は慎重派、日本アイ・ビー・エム（日本IBM）はリッチ積極派と見られている。

　1990年代後半、シンクライアントはTCO削減の切り札として脚光を浴びたが、パソコンの低価格化が進んだために下火になった。だが、ここへきて個人情報保護法の施行や情報漏えい事件が後押しし、セキュリティ強化の決定打としてシン化に再び火がついた。シン積極派は今後2年で企業向けパソコンの1割に相当する70─80万台がシン化すると強気の予測を立てる。

　リッチ派やシン慎重派の陣営では、「シンクライアントでなければセキュリティを保てないというのは間違い」（日本IBM）と積極派をけん制。セキュリティ事故が相次ぐ現状のウインドウズパソコンはリッチ環境にほかならないが、日本IBMが目指すリッチクライアントとは、サーバーによるコントロールを抜本的に強化したセキュアなリッチ環境を独自に実現するものだ。

　一方、シンクライアント積極派の中身をよくみると、HDDやCPUなどハードウェアはシン化しているものの、ソフトウェア的には表現力豊かなアプリケーションが従来通り動作する。一見しただけではシンクライアントとは分からないほどリッチだ。操作性も従来とほとんど変わらず、シンクライアント技術は飛躍的に進歩している。

　リッチとシンに共通していえるのが、サーバー機能の大幅な強化だ。広い意味でのサーバーベースドコンピューティングへ移行させるものである。

　こうしたアーキテクチャの革新はベンダーにとって大きなビジネスチャンスになり得る。次世代クライアントは「独自技術で競いたい」（ベンダー幹部）と、自社製アーキテクチャを掲げるメーカーも少なくない。NECはパソコンの機能をサーバー上で仮想化する技術を主力と位置づけ、富士通もネットブート型ミドルウェアを独自に開発。日本IBMのリッチクライアントに至っては自社技術のオンパレードだ。

　困惑気味なのがクライアントOSの王者・マイクロソフト。次から次へと出てくる新しいアーキテクチャにウインドウズの使用許諾条件の対応が追いつかない状態だという。

　古くからある画面転送型のシンクライアント方式には、一部ベンダーとの技術提携などを通じて対応しているが、比較的新しいネットブート型については「現在のウインドウズの使用許諾条件では想定しきれていない」（ベンダー関係者）と見る。富士通が独自開発したネットブート型のミドルウェアがリナックスのみに対応しているのは、「使用許諾のグレーゾーンに踏み込みたくない」（富士通）という思惑もあるからだ。

　また、来年以降に発売予定の次世代ウインドウズのビスタがどこまでシンクライアントの使用許諾条件に踏み込むかを見極めたいとするベンダーの声も根強い。マイクロソフトの対応が遅れれば、「次世代のシン・リッチクライアントは非ウインドウズをベースにした独自路線も視野に入れる」（別のベンダー関係者）と、自社の強みを前面に出した動きが加速する可能性もありそうだ。 安藤章司●取材／文