ブレードと指静脈認証も展開

　人口1万人にも満たない小さな町、三重県度会町が先進的情報システムを導入した。日立製作所のHDDを持たない「セキュリティPC」とクライアントブレードを組み合わせたシンクライアントシステムを構築し、個人認証機器には指静脈装置を取り入れた。それぞれのツールを組み合わせて情報システムを構築したケースは自治体では例がない。決して潤沢な資金があるわけではない地方の小規模自治体が、どんな背景からシステム導入を決めたのか。また、独立系の地場SIerベンダーはなぜ日立を選び、どんな提案を行ったのか。ユーザー、メーカー、SIerそれぞれに取材した。（木村剛士●取材／文）

■モラル頼みの実態に危機感　機密情報はブレードに蓄積

　度会町は約7年前、住民情報システムを日立製作所製のメインフレームで構築した。今回の新システムは、この住民情報システムの刷新がきっかけとなった。

　システムを刷新する際、度会町が重視したのは情報保護。全国的に情報漏えい事件・事故は頻発しているが、三重県も例外ではなかった。度会町は、これまで情報漏えいを起こしたことはない。だが、システムの刷新を考え始めた昨年の初め頃から、近隣の市町村では役場から住民情報の入ったPCが盗まれたり、学校から生徒の名簿データがなくなったりと、情報の盗難・紛失が発生し始めていた。

　度会町は情報セキュリティ施策として、セキュリティポリシーを2004年に策定。機密・個人情報の持ち出しや、ファイル交換ソフトなど規定外のソフトウェアのインストール禁止などを義務づけている。

　とはいえ、情報漏えい対策や暗号化などのソフトを導入していたわけではなく、「各職員のモラルに任せていた」（度会町の山下喜市・総務企画課企画係長）のが実態。こうした状況を危惧した山下和行税務課長は、「情報漏えいを防ぐためにどんな具体的技術・製品を使えば良いのか分からなかったが、情報保護に主眼を置いたシステムを導入しようとは考えていた。職員を情報漏えい事件の加害者にだけはさせたくなかった」という。

　今回度会町が導入したのは、住民情報を記録・保存し、閲覧・編集するためのシステムで、日立製品がベースとなっている。「セキュリティPC」の「FLORA（フローラ）Seシリーズ」を各職員に配布し、サーバー室にはクライアントブレード「FLORA bd100」を設置。シンクライアントシステムを構築した。

　「セキュリティPC」とはいえ、クライアント端末には、モニタとキーボード、そしてマウス機能しか備わっていない。クライアントブレードに入っているデータやアプリケーションをネットワークを通じて、クライアント端末に転送して閲覧・編集する。クライアント自体に情報は持たないため、たとえPCを盗難・紛失しても情報が漏れる心配がないわけだ。

　新システムのセキュリティ対策は、それだけではない。個人認証の仕組みとして、シンクライアントを動かすための鍵といえる認証デバイス「KeyMobile（キーモバイル）」とUSBポートに接続するタイプの指静脈認証装置を採用した。各職員がクライアント端末を操作する場合は、それぞれに付与されたキーモバイルをUSBポートに差し、さらに指静脈認証を行うようにした。「クライアントブレードとセキュリティPC、そして指静脈認証装置を組み合わせた自治体初のケース」（日立の梅木市朗・公共セキュアソリューションビジネス推進センタ技師）となった。

　システムの価格はハード、ソフト、そしてシステム移行などのサービス、SIすべて含めて約4700万円。日立製品では、セキュリティPC30台、クライアントブレード32台、指静脈認証装置30台、キーモバイル35台を導入した。

■クライアントブレードが勝因　指静脈認証との連携を評価

　新システムは3月23日から構築がスタート、わずか1か月半後の5月8日に本稼働を開始している。導入してから2か月半が経過するが、山下課長によれば「最初、指静脈の操作を不安がる職員がいたくらいで、その後は何も問題はない。シンクライアントは動作が遅いのではと心配していたが、スムーズに動いている」という。

　今回、システム構築を受注したのは三重県に本社を置く松阪電子計算センター（MEC）。独立系で1967年設立の老舗SIerだ。

　受注までの経緯は、05年にさかのぼる。1月に度会町にファーストコンタクト、7月から具体的なシステム提案がスタートした。そして、12月に日立製品を活用したシンクライアントシステムを提案して今年3月、契約に至った。

　MECの稲垣健司・営業本部商品企画部課長補佐は、「使い勝手を悪くしないことが大前提だった」と提案の骨子を明かす。そのうえで、「情報漏えい対策ソフトはいろいろな“抜け道”（ぜい弱性）があるから候補から外した。クライアントブレードを選んだのは、ソフトベースのシンクライアントシステムに比べて導入、運用がしやすいため。指静脈認証との連携も重要な要素。総合的にみて日立しかなかった」と説明する。認証装置として指静脈を選んだのは、「指紋に比べ認証率が高く、価格も同等レベルだったため」という。

　日立の山本章夫・公共情報システム営業部第一グループ主任と梅木技師も「クライアントブレードは比較的中規模のユーザーに適している。度会町のニーズとクライアントブレードの訴求ポイントがマッチした」のが勝因だと説明する。ただ、「指静脈でシングルサインオンができる機能は要望として挙がっており、今後の製品開発に生かしたい」とも語っている。

　メーカーの独自製品と、その良さに着眼して提案の骨子に据えたSIerの知恵が、今回の斬新なシステムを生んだ。小さな自治体、中小企業でも情報漏えい対策は取り組まなければならない重要な課題。提案次第でビジネスに結びつくチャンスはある。

［度会町の概要］

　人口約9000人で、三重県内のなかでも小規模な市町村に位置づけられる。三重県の代表的な都市である津市は約29万人、松阪市は約17万人。1955年に4つの村が合併して誕生した後は他の市町村との統合はない。総面積約135平方キロメートルのうち約75％が山林。農業や林業など第1次産業が中心で、「日本有数の清流」といわれる「宮川」が流れていることから緑茶の生産で有名だ。写真の町役場は約3年前に建設された。

【記者の眼】

　「クライアントブレード」「シンクライアント」「指静脈」など専門用語を並べても、「ITの知識やスキルがそれほどあるとはいえない」（山下和行課長）という度会町から、受注することはできなかっただろう。提案活動スタートから約1年3か月、「嫌なことも良いことも、度会町ととことん話し会うことができたから受注に成功したと思う」とMECの稲垣課長補佐は振り返る。

　一方、度会町の山下喜市企画係長は、「他の自治体の動きや他社の提案の善し悪しなど、包み隠さず話してくれることをSIerの営業担当者には求めている」と話す。稲垣課長補佐が重視したのは、ユーザーの業務プロセスを把握すること。そのうえで使い勝手とセキュリティの向上を両立させたのだ。

　稲垣課長補佐は元役所出身で、職員が抱く情報システムへの不満を知っていたことも強みとなっている。顧客が何に困っていて、何を欲しているのか。本当の意味での“ソリューション”を提案できる会社が生き残るということだろう。