仮想化によってコンピュータシステムの在り方が変わろうとしている。これまではリソースにあらかじめ余裕をもったシステム設計を行うことで、パフォーマンスや安定性を保つ手法が一般的だった。だが、拡張性の高い仮想化技術を使うことで従来では考えられなかった“最低限度のシステム”の設計が可能になる。初期投資を抑えるミニマムスタートアップ(最小構成でのシステム稼働)により顧客の負担は大幅に軽減され、運用面でも多くのメリットがある。ITベンダーにとってみれば、いち早く仮想化技術を採り入れることでシステム提案の段階から有利に事を運ぶことができる。(安藤章司●取材/文)
システムの在り方が変わる
拡大する仮想化市場
第3回目では早い段階からグローバル規模でVMwareとの連携を図ってきた日本ヒューレット・パッカード(日本HP)の取り組みを通じて、仮想化時代のシステム設計や運用の変化を探る。
日本HPでは仮想化技術をOSと同レベルの基盤ソフトの1つとして位置づける。最新の主力ブレードサーバー「HP BladeSystm c-Class(エイチピー ブレードシステム シー・クラス、以下c-Class)」でもVMwareなどの仮想化技術に全面的に対応。WindowsやLinuxなどのOSに対応するのと同じレベルで捉えた結果だ。
HP独自の仮想化技術を実装したストレージ製品「HP StorageWorks Enterprise Virtual Array(エイチピー ストレージワークス エンタープライズ バーチャルアレイ、以下EVA)」との連携も積極的に進める。直近の1年間での仮想化システムの受注件数はその前の年に比べておよそ3倍に伸びているという。
仮想化需要は急拡大しており国内においても、「十分な売り上げを立てることができる段階にきている」(飯島徹・テクニカルセールスサポート統括本部シェアードサービス本部IAサーバ技術部エグゼクティブコンサルタント)と手応えを感じる。仮想化で先を行く米国の技術をダイレクトに国内へ持ってこれる強みを最大限に生かして、ビジネスの拡大を推し進める。
ミニマムスタートアップ
実際の案件をみると、大型汎用機からオープンサーバーへの移行や、分散したサーバーを統合する需要が多い。
大型のシステムになればなるほどサーバーやストレージ、ネットワークなど揃えなければならない機器が増えてくる。システム設計者は顧客の要求するパフォーマンスを出すため、通常はある程度の余裕をもってハードウェアを構成していた。この方式だとどうしても初期コストがかさむ。だが仮想化されたシステムでは最小構成で動かしてみて、パフォーマンスが不足する部分にハードウェアを追加する“ミニマムスタートアップ”の方法を採ることができる。
VMwareの仮想化ソフトで例えれば複数のサーバーが、あたかも1台のサーバーのように見える。これを「リソースプール」といい、複数台からなるサーバーのリソースを蓄え(プール)、必要なだけリソースを割り当てる仕組みだ。プロセッサの演算リソースが不足したときは物理的なサーバーを追加する。するとリソースプールの容量が増え、システムが快適に動作するようになる。使用量が増えて再びリソースが不足すれば物理サーバーを追加するという作業を繰り返すだけでよい。
独自の仮想化技術を駆使したストレージのEVAにおいてもVMwareと同様、ハードウェアの追加による柔軟なリソースの増強が行える。オンラインによる容量拡張や、バックグラウンドでRAIDボリュームの再構築など仮想化ならではの運用が可能だ。また各ディスクへ負荷分散も自動的に行われるため、ユーザーは難しい設定を行うことなしに高いパフォーマンスが得られる。
昨年11月からは価格を抑えた間接販売向けパッケージ「HP StorageWorks EVA4000 スターターキット」の販売を開始。必要最小限のストレージ構成をバンドルするなどして、仮想化という高度な技術を導入しやすくする一方で、「パートナー企業がより扱いやすくする取り組み」(野中晴行・エンタープライズストレージ・サーバ統括本部ストレージ・ワークス製品本部SWDテクニカルサポート部シニアコンサルタント)にも力を入れる。
設計の発想が逆転する こうした仮想化製品が広まることで、システム設計の発想に変化が生まれる。サーバーやストレージなどハードウェア構成の大枠を決めてアプリケーションソフトをつくり込んでいく従来の設計方法から、アプリケーションソフトをつくり込んでから必要なハードウェアを追加していく方法へと変わっている。SIerなどの設計者はハードウェアの制約から解放され、顧客が最も価値を見いだすアプリケーションソフトの開発にリソースを集中できる。
このアーキテクチャはシステム稼働後の運用面でも威力を発揮する。サーバーを継ぎ足せば仮想化ソフトが自動的にリソースの再配置を行うため、ユーザーはどのサーバーにどういうリソースが割り振られているのか意識しなくてもよい。HP最新型ブレードサーバー「c-Class」を活用すれば、ハードウェア障害が発生したときでもブレードを交換するだけでリソースの復旧ができる。
c-Classではブレードの交換時に固有のネットワークアドレスやSAN(ストレージエリアネットワーク)の設定変更をする必要がない「HPバーチャルコネクトテクノロジ」機能を搭載している。ネットワーク機能を一部仮想化するもので、一定の位置に縛り付けられていたブレードを柔軟に移動させられる画期的な技術である。障害発生時にブレードを交換してもネットワークの設定を変えずにすみ、運用の手間が大幅に省ける。
サーバーやネットワーク機器、ストレージ、OS、ミドルウェアに至るまであらゆる構成要素の仮想化が進んでいる。日本HPなどのハードウェアメーカーだけでなく、大手SIerも仮想化システムの構築に力を入れ始めている。次回は仮想化技術を積極的に採り入れて競争力を高めている伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の取り組みを追う。