賃貸管理サービスのリロケーション・ジャパン(岩尾英志社長)は、オンデマンド方式の営業支援システムを導入した。中核システムは米国にサーバーを置くセールスフォース・ドットコムのオンデマンドサービスを採用し、出力用のFAXはベルギーのInterFAXのサービスを組み合わせた。既存のサービスを活用することで、開発や運用コストの大幅削減に成功したものの、導入に当たって社員の思わぬ反発にたじろぐことになる。(安藤章司●取材/文)
社内反発乗り越えコストを削減 オンデマンドサービス組み合わせ
■すべて紙ベースでの管理
不動産業界の情報伝達にFAXは欠かせない。業界の慣習でもあり、これはインターネットが発達した近年でも基本的に変わっていない。リロケーション・ジャパンも例外ではなく、業務のほぼすべてを“紙ベース”で管理していた。
同社上層部はITを活用した業務改善を行いたいと考えており、抜本的な改革を模索していた。IT化のプロジェクトを任された仲谷幹生・リロケーション管理ユニットサービス改善グループ・グループマネージャーは、低コストで拡張性が高いシステムを探し回った。
リロケーションサービスの業務フローを簡単に説明すると、まずは賃貸管理サービスを利用したいと考える不動産オーナーの発掘から始まる。オーナーが見つかると担当者が物件に足を運び、「風呂は追い炊きできるか」「トイレは和式か洋式か」など100項目を超えるチェックリストで確認を行う。賃貸管理を受託して居住者を募集。成約したら物件の管理へと移る。物件発掘→管理受託→居住者募集→成約→管理という流れだ。
この規模の業務フローを実現するシステムをゼロから手組みでつくれば、「軽く1億円かかる」と、仲谷マネージャーはみた。しかし、IT化の推進役はあくまでも時限的なプロジェクトチームであり、常設の情報システム部門を持たない同社では、稼働後のシステムを永続的に管理することは難しい。
上から「できるだけ早く稼働させろ」とのお達しがくるなかで、目をつけたのがセールスフォース・ドットコムのオンデマンド方式による営業支援システムだった。
■IT化に社内は拒絶反応
月額課金のオンデマンドサービスなので、今すぐにでも使える。しかも他のシステムとの連携やカスタマイズも可能だ。
居住者を募集するときに市中の不動産会社にFAXで物件情報を送る必要があるため、別途、帳票生成システムとFAX配信システムをセールスフォースのシステムに連結させることにした。FAXの配信はベルギーのInterFAXサービスを活用することで、社内に設置するサーバーは帳票をつくりだす部分のみに絞った。
米国にサーバーを置くセールスフォースと、欧米にFAX配信サーバーを置くInterFAXを組み合わせることで、期せずして日米欧のグローバルシステムに変貌した。インターネット網を活用したオンデマンドサービス時代ならではのシステム構築術である。手元に置くシステムを最小限にしたことで、運用の手間はほとんどかからない。
システム設計は2005年5-7月にかけて行い、8月から開発に着手した。営業支援システムは簡単なカスタマイズで業務に馴染むように変更でき、帳票システムもこの分野での実績が豊富な日本オプロのソフトウェアを採用したことで容易につくり込めた。年末までにはシステムのほぼ全体ができあがり、あとはInterFAXサービスに接続するだけで完成だった。開発にかかった費用は約1500万円と、手組みよりも大幅に安かった。これとは別に年間約1500万円の利用料は必要だが、情報システム部門を新設して運用するよりも安価だ。

システム構築は難なく進んだが、思わぬ事態が発生する。社内でIT化のアナウンスをした直後、猛反発に遭ったのだ。
長年“紙ベース”で業務をこなしてきた社員からIT化、自動化に対する激しいアレルギー反応が一斉にわき起こった。ベテラン社員は、「オレはキーボードで仕事をするなんて無理だ」と舌打ちし、業務に精通した女性社員は「わたしたちに会社を辞めろと言っているんですか!」と、社内は一時騒然となった。
■導入時の反発に最も苦心 仲谷マネージャーは、「とりあえずやってみようよ。操作方法はきちんと教えるから」となだめたが、導入する際の反発を抑えるのが「最も困難」な作業だった。実際に導入してみて、操作にとまどう社員はいたが、時間をかけて教えた。
ところが、運が悪いことに導入後の一時期、セールスフォースのサーバーが瞬断したり、動作が遅くなる不具合が集中。ソフトウェアの動作速度が遅くなるたびに、「そらみたことか!ろくなもんじゃない」と、まるで鬼の首でも取ったように非難されたこともあった。
06年に入ると再びスムーズに動くようになり、社員も徐々に営業支援システムの利便性を実感するようになった。見込み客の情報や物件管理を受託するときに行う100項目を超えるチェックリストなどはすべてシステムに入れた。
上層部から「見込み客の情報が欲しい」と要請された時も、従来なら2時間ほどかけて集計していたが、今は「セールスフォースのダッシュボードをご自分で見てください」と言えるようになった。ダッシュボードとは経営指標を収納した情報スペースのことで、営業情報を一覧できる標準機能のひとつである。
今年、セールスフォースの機能がまた新しく増えた。営業情報をビジネスパートナーとネット上で共有できる仕組み「AppSpace(アップスペース)」である。これまで入居者を獲得してくれる不動産会社とはFAXでのやりとりが中心だったが、取引が活発なパートナーとは「オンラインでもっと密に情報共有ができる」(セールスフォース・ドットコムの松野正暖・セールスエンジニアリング本部マネージャー)ようになるという。
オンデマンドサービスは、機能拡張が随時行われる点にも魅力がある。自前で導入するとシステムを拡張するたびにまとまった投資が必要だ。オンデマンドサービスのような月額料金はかからないものの、運用にあたる人件費を考えると割高になることが少なくない。今後はこうしたサービス型のシステムを選ぶユーザーがさらに増えることも十分あり得る。
【事例のポイント】●オンデマンドサービスは導入時の比較検討の対象に入れるべし
●情報システム部を肥大化させない、あるいは持たないのも選択肢
●会社全体の情報リテラシー向上は、IT化の成功と表裏一体である