わずか4か月でトップシェア

　2008年のBCN AWARDでは、また新しいトップベンダーが誕生した。注目のヒット商品はパソコンで音楽を制作するDTM（デスクトップミュージック）ソフトの一種。昨年8月末に発売してから実質4か月でトップシェアにまで迫る。さらに同12月27日に投入した同種の新製品第2弾でトップがより決定的になった。

　全国の主要なパソコン販売店、家電量販店のPOSデータ集計サービス「BCNランキング」に基づき、年間（1─12月）トップシェアを獲得したベンダーを表彰するのがBCN AWARD。DTMは「サウンド関連ソフト部門」に分類されるが、ニッチな市場ながらも競合は多い。わずか4か月のあいだにトップにのぼり詰めたのは異例中の異例。その原動力になったのが新種のDTMソフト「初音ミク」だ。楽曲と歌詞を入力すると、アイドル歌手のようなかわいい声で歌ってくれる。開発元のクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、「自分たちには関係ないと思っていたBCN AWARDに、思いもかけず選出され、非常に光栄」と、驚きのメッセージを寄せてくれた。

　短期間でここまでヒットするとは恐らく誰も予測できなかっただろう。これまでDTMと言えばメロディが中心で、歌詞をつける場合は人間が歌うしかなかった。同種のソフトはボーカルとアンドロイドの造語で「ボーカロイド」と呼ばれる。人間の歌声と聞き間違えるほどの生々しい歌唱力に驚かされる。パソコン1台あれば、ドラムやギターなどの音に乗せて、ボーカルまで入れられる。まさに“1人バンド”の誕生だ。

　実は3年あまり前、初代のボーカロイドをクリプトンが出したときは、トップシェアを獲得するまでには至らなかった。歌唱力は今でも十分通用する製品なのに、何かが足らなかった。Web2.0の構成要素の1つ「CGM（コンシューマ生成メディア）」のインフラが普及していなかったことがそのことに大きく影響している。とりわけ、爆発的人気の動画投稿サイト「ニコニコ動画」で、ミクは存分に威力を発揮する。動画投稿はコンシューマがコンテンツを投稿し、みんなで視聴して楽しむサービスである。DTMでつくった楽曲にミクの歌声を乗せて投稿するユーザーが急増。すると歌声に感銘を受けた別のユーザーがプロモーションビデオ（PV）風のアニメ映像をつけて再投稿する。これに触発されて、また別のユーザーが関連作品をつくるというCGMの好循環が生まれた。“1人バンド”は可能になったが、“聞き手も1人”では創作意欲も湧いてこないというわけだ。

　ユーザーが相互に触発されながら制作するという意味において、CGMはオープンソースソフト（OSS）の制作手法と共通項が多い。多くの作り手が思い思いにつくったソフトをウェブサービスで結びつけるSOAともどこか似ている。特定少数の特権的なベンダーが、大多数のユーザーに商品を供給する“大量生産型”はやがて頭打ちになる。ユーザー自身が主体的に参加し、自分たちのためによりよいITサービスをつくりだす時代へと変わりつつある。「Web2.0」を少しでも口にするシステムベンダーにとって“ミク現象”は他人事ではない。