ブランチオフィスを提供します--。北海道東部に位置する人口約13万人の北見市。オホーツク圏最大都市である。同市の産業施策は、経済産業省が「企業立地促進法」に基づき公募した「地域企業立地促進等事業費補助金交付先」に道内自治体として初めて認定されている。2008年度は、情報通信関連企業の誘致を開始する。市内にある北見工業大学と、工業団地に誘致したIT関連企業を連携させ、産官学で雇用を創出する計画だ。最近では「海外オフショア」に加え、人月単価が安価な地方へ「国内オフショア」するケースが増加している。同市がこうした需要に応える拠点になれるか、おおいに注目されている。(谷畑良胤(本紙編集長)●取材/文)
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設備と雇用を優遇、人材豊富
■市独自の補助金助成も
北見市の「食料品・IT関連産業活性化企業誘致活動事業」(以下「誘致活動事業」)は、経済産業省の「地域企業立地促進等事業費補助金交付先」に認定されている。事業計画は08年度から3年間で、事業の成果目標をソフトウェアなどの製造品出荷増加額が25億円、ソフト開発会社などのIT産業や企業のコールセンターやデータセンターといった新規立地件数が10件、企業立地に伴う新規雇用数を120人と設定している。
同事業は情報通信のほか食料品関連産業も対象となっているが、上記の目標値は情報通信分野だけに設定されるものだ。情報通信分野では、市内にある北見工業大学や工業団地「北見ハイテクパーク」内の京セラやリコーソフトウェアなどIT産業と産官学で連携し、専門家を活用した人材採用・養成や技術スキル向上などを行う。
今回の「誘致活動事業」下で同市に進出したIT企業などには、企業立地促進法や北見市独自の優遇措置を講じる。進出企業には、設備投資額の8-15%程度を優遇する。当初は「下請け・ベンチャー系IT企業でも、北見市内で開発するなら誘致対象」(伊集院健介・産業振興課係長)と、企業規模を問わず募集する。設備投資が少ないため、上記促進法の優遇を得られないような企業には市独自の補助金を出す。
補助金としては、常用雇用者が3人以上の場合、土地・建物・設備の固定資産相当額を年間3000万円を上限に支給するほか、雇用者(同市に住民票を置く人員)1人あたり年間20万円を支給(いずれも最大5年間適用)する。また、安定的にIT人材を供給するため、市の予算で人材育成に関して進出企業などから要望を聞き、北見工業大学の学生向けにIT企業や著名講師による講義を行う。

このほかにも、IT企業には同大学の学生をインターンシップで派遣する制度を設けるなど、「税金、雇用、人材育成のすべてで市が補助・支援する」(伊集院係長)と、IT企業の誘致への備えを万全にしている。
他自治体と異なる北見市独自の施策は、誘致交渉を主体的に実施し、同市への企業誘致を成功に導いた企業に対して成功の「報奨金」を支払うことだ。例えば「大手IT企業が組み込みソフト開発をする関連会社に対し、当市への進出を推薦し、それが成功すれば報奨金を得られるケースもあるはず」(伊集院係長)とみている。大手IT企業では多くの関連会社を抱えており、関連のソフト会社やデータセンター運営会社などを同市に斡旋することは可能だろう。
■人材確保が容易な土地柄 北見市は06年3月、北見市、瑞野町、常呂町、留辺蕊町の1市3町が合併し、「オホーツク圏最大の中核都市」へと発展した。主な産業は、第一次産業である農業と水産業。日本有数の晴天率を誇り玉ねぎの出荷・生産量は日本1位。海産物ではホタテが同1位で、国内初のホタテ養殖場が設置された地区としても有名だ。

網走支庁管内に約32万人いる労働者のうち、北見市に4割が集中する。人件費は、東京1254円に対し同市が818円(サービス業の女子パート時給で換算)で、東京の65%水準と低賃金だ。さらに、神田孝次市長の地場産業活性化や産業クラスター形成策などの方針を受け、北見工業大学や食品関連など研究関連施設も多い。求人倍率が低く優秀な人材がいるため「すぐに人材確保できる」(伊集院係長)と、IT企業が販売管理費を抑えつつ、優秀な人材を確保して低コストでソフト開発する「ブランチオフィス」としての活用が期待できると訴える。
■降雪量少なく物流に便利 データセンター運営会社が進出するうえで心配になる災害なども少なく、流氷がくる土地でありながら降雪量は青森県の2分の1、札幌市内と比べても差はなく、貨物の運搬や移動に支障は少ないという。市内には全国に知られるIT企業として農業生産にGPS(全方位地球測位システム)を活用したITシステムを構築するシステムサプライなどは存在する。だが、地元需要向けにITを提供する産業は成り立たたないことから、まず「低賃金・優秀人材の宝庫」であることを訴え、首都圏や札幌市などからソフトベンダーの「ブランチオフィス」としての利用を促し、第二段階としてコールセンターやデータセンターなどを誘致する計画だ。
北海道経済産業局によると、道内のIT産業市場は07年度4000億円に達する見込み。道内では、後継者問題や農業自由化の煽りを受け減退している第一次産業の半分以上の市場規模となっている。同局では「首都圏一極集中が限界を超え、地域への分散指向が高まっている」とみている。札幌市を中心に道内自治体では、設備投資が少なくて済むIT産業を醸成するため、人材育成やIT企業誘致などを積極化してきた。
最近では、札幌市のほか函館市や岩見沢市、釧路市にネットワーク機器ベンダーや金融機関のシステムメンテナンス会社などが進出している。北見市は、北見工業大学など研究機関を抱える「学園都市」として道内他都市に追随しようとしている。地場産業が衰退し、次世代の産業創出に悩む自治体は多い。同市の取り組みは“試金石”となりそうだ。