大手SIerは、マルチテナント型のビジネスに移行する動きを鮮明にしてきた。旺盛なIT投資を行ってきた金融業や製造業は、サブプライムローン問題や原材料高で業績が伸び悩む。その結果として個別にプログラムを開発する高コストなスクラッチ型では十分に対応できなくなることが昨年度(2008年3月期)大手SIerの決算で顕在化。マルチテナント型へ軸足を移すことで原価を大幅に引き下げ、シェア拡大に舵を切る動きが活発化する。
マルチテナントとは、1つのシステムを複数の顧客が使う共同利用型システムだ。ソフトウェアをサービス化するSaaS型へ移行する動きも目立つ。
ビジネスモデルの変革を後押しする背景にはユーザー企業のIT投資の鈍化がある。NTTデータの昨年度単体ベースの売上高は伸び悩んだ。山下徹社長は、「大型案件の先細りなど構造的な問題がある」と、本質的な問題が根底にあることを示唆する。
産業界では原油や原材料の世界的な高騰で販売価格の上昇が続く。だが、IT業界は価格引き上げどころか、「顧客からの値下げ圧力はより強まっている」のが実情で、価格転嫁が難しい状況にある。
そこで打ち出したのが“売り方を変える”戦略だ。個別に受注し、個別に開発していては動員する開発要員が減らず、抜本的な原価低減を実現できない。しかし、開発したシステムを複数の顧客で共同利用すれば、価格は半減できる。
NTTデータの次世代標準バンキングシステムは、07年3月末時点の利用銀行数14行から08年4月末には22行に増えた。ターゲット業界を絞り込み、マルチテナント型で販売することで、同業界の業務システムのデファクトスタンダードの地位を獲得。結果として利益率を高める好循環をつくり出す。
野村総合研究所(NRI)の昨年度売上高は、業績予想に対して127億円の未達。主力の証券業向けのビジネスで予想を100億円余り下回った。米サブプライムローン問題の余波などを受けて証券業の業績が悪化したことが響いた。
データセンター(DC)を活用したマルチテナント型ビジネスを早くから推進してきたNRIだが、「ターゲットとする業界で横断的に使えるビジネスプラットフォームをより強化する」(藤沼彰久会長兼社長)と、改めて指摘。収益力に限界がある個社・個別の受託開発からマルチテナント型へのシフトを加速させる。各業界のトップ企業の攻略を強化し、ここで構築した業務システムを同種業界のビジネスプラットフォームの“核”に仕上げ、業界を横断する商材に育てる考えだ。
伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は今年10月に約1000ラックの都心型の大規模DCを稼働させる。「SaaSや仮想化、統合化など最先端の技術を駆使する」(奥田陽一社長)ことで共有型サービスの拡充を視野に入れる。富士ソフトも今年10月からSaaSビジネスへの本格参入を表明する。
マルチテナント型ビジネスの拡大に加えて、中国などグローバル市場への進出やインド大手SIerとの連携強化など新たなビジネスモデルやコスト削減策の模索も活発化。ここ数年順調に伸びてきたSIビジネスは調整期に入る可能性もある。
<大手SIerの動向> 売り上げの伸び鈍る兆し “調整期”に入る可能性も
海外パートナーとの連携進む
マルチテナント型の活用など大手SIerのビジネスモデルの改革は、売り上げ伸び率の一時的な鈍化要因になる。今年に入って公表された景気見通しの悪化は、SIサービスの価格競争に拍車をかけ、より安価な商材への移行を促進。結果としてSI業界は“利益は拡大しても、売り上げは伸び悩む”調整期に入る可能性がある。コスト削減の一環として海外のビジネスパートナーとの連携が強まり、その余波で国内の開発系中小SIerのビジネスに悪影響がでることも考えられる。
NTTデータは、一般産業分野の昨年度(2008年3月期)売上高が前年度比で減少に転じた。もともと金融と公共に強いNTTデータは、産業分野を重点的に伸ばしたことが大きなプラス要因となって年商1兆円を超えるSIerに成長しただけに、同分野の頭打ちはビジネス全体の足を鈍らせる可能性もある。現に単体ベースの売上高の伸びは同0.4%増と、連結ベースの同2.8%増に比べて鈍った。
1兆円の達成に向けてアクセルを踏んできたこともあり、成長著しい法人分野で「兵站が伸びきった感がある」(山下徹社長)と、ビジネスモデルの組み直しが必要だと話す。原材料高など折からの逆風でユーザーのIT投資自体が先送りになる危険性もはらみながらの再構築だ。昨年度は約2000人の本体社員をグループ会社に転籍させるなど内部構造の改革を行った。2010年3月期の中期経営目標は、売上目標は明示せず、営業利益率を10%に高める利益重視で進める。
主要顧客の証券業がサブプライムローン問題の悪影響を受けた野村総合研究所(NRI)は、第四4半期に期待していたほどの売り上げが立たず、「とくに3月に入ってからの伸びの鈍りはまったくの予想外の展開だった」(藤沼彰久会長兼社長)と嘆息する。
伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は、06年10月に旧CRCソリューションズ(CRC)と合併したことで増収増益になったが、06年4-9月までの旧CRCの業績を足し合わせた実質ベースの前年度比は減収・営業減益の厳しい結果になった。ハードウェアの単価下落もあるが、「強みの情報通信分野の伸び悩みやサブプライム問題でとくに外資系金融機関のIT投資の延期が響いた」(奥田陽一社長)と明かす。
今年度の見通しも、IT投資の失速感が強まり、売り上げを伸ばしにくい傾向が続く恐れがある。競争に打ち勝つために大手SIerが推進するマルチテナント型は、粗利は高いものの、従来の個別開発に比べて売り上げは伸びにくい傾向がみられる。さらに、中国やインドなどで開発力の増強を通じたコスト削減や世界市場の開拓を進める動きが活発化。海外での開発やビジネスの比率が高まれば、国内の受託開発系SIerのビジネスにマイナス影響がでることもあり得る。
NTTデータはM&Aなどを通じて21か国、2600人体制までグローバルネットワークを拡充した。昨年度の海外売上高は約183億円だったが、10年3月期には1000億円まで増やす強気の計画を立てる。NRIは中国などに進出する日系企業のITシステムサポートに軸足を置いていたグローバルビジネスの方針を転換。成長が著しい中国などに「もうひとつのNRIをつくる」(藤沼会長兼社長)と、自ら主体的に海外ビジネスに乗り出す戦略に切り替える。
CTCはインドSIer大手のウィプロと包括的業務提携を結び、今年9月末までに具体的な協業内容を詰める。日本ユニシスグループもインドSIer大手のインフォシステクノロジーズと戦略的アライアンスを組む。NTTデータやNRIが自らのリソースを軸にグローバルビジネスを推進するのに対して、CTCや日本ユニシスは強力なコスト競争力を持つインドSIer大手と組むことで生産性を一気に高める方策に重きを置く。
マルチテナント型の活用やグローバル比重の増大など大手SIerのビジネスモデルの改革は、受託開発を中心とする国内の中小SIerのビジネスにマイナス影響を及ぼす可能性がある。大手だけが先行するのではなく、業界全体の変革が求められている。