適者生存の原則を忘れるな
企業向けパッケージソフト業界のエコシステムに静かな変化が起きている。エコシステムとは、メーカーや流通卸、販社からなる経済的な“生態系”である。パッケージソフトメーカーの多くは事業規模が小さく、顧客企業への営業力やサポート力に欠ける。流通・販社とのエコシステムなしには、これまで顧客企業に商品やサービスを届けることは難しかった。
ところが、ここ数年、注目を集めるSaaS/ASPは、従来のパッケージソフトの販売からインターネットによるネットサービスの販売へと、ソフト流通を大きく変える要素を多分に含む。すでに、経済産業省やISVによる業界団体、国内コンピュータメーカーなどがSaaS時代をにらんだソフト流通網の整備を急ピッチで進めている。こうした外部環境の変化は、新しいエコシステムを生み出すと同時に、既存システムを浸食する可能性がある。過去を振り返ると、エコシステムは幾度となく変化してきた。1980年代はオフコンからパソコンへと変わり、90年代前半はMS─DOSからWindowsへ、00年前後はクライアント/サーバー(C/S)型からウェブ型へ、そして今はウェブ型からSaaS/ASPへと外部環境が変貌しようとしている。
パッケージソフトは先行投資型のビジネスである。2─3年先の動向を見据えて主力製品を開発するケースも珍しくない。もし、見通しが外れれば開発したソフトはデッドストック化し経営を圧迫する。SaaSへの対応を積極的に進めるソフトベンダーのインフォテリア・平野洋一郎社長は、「かつて日本のパッケージソフトベンダーはWindowsへの移行が遅れ、米国のソフトベンダーに差をつけられた」と、過去の苦い経験を指摘する。これと同じことが「SaaS化によって起きる可能性がある」というのだ。
しかし、SaaSプラットフォームへの移行を懐疑的に見る保守的なベンダーも少なくないのも事実で、「環境変化への危機意識が足りない」と平野社長は危惧する。ただ、実際問題として今、ソフトビジネスの何割がSaaSへ移行しているのかと問えば、全体に占める比率はまだわずかだろう。三菱総合研究所で情報工学を専門とする比屋根一雄・主席研究員は、「SaaSへの移行は静かに、そして確実に進んでいる。気がついたときには、SaaSプラットフォーム上に新たなエコシステムが成立している可能性は高い」と予測する。
例えば、企業の新卒募集・採用のシステムは、ほとんどウェブに移行している。仲介企業などにアウトソーシングする形態はSaaS/ASPに近い。就職前の“社外”の学生と情報をやりとりするのに適しているのだ。見方を変えれば、電子メールやグループウェアなど情報系、サプライチェーンマネジメント(SCM)など複数の事業者が絡むシステムでSaaS化が先行することも考えられる。
エコシステムは自然界の生態系と同様、環境の変化にもろい。「生き残る者は強いものでもなく、賢いものでもない。変化に適応した者」とは適者生存の原則。生命維持装置であるエコシステムへの適応の遅れは、パッケージソフトベンダーにとって命取りになりかねない。(安藤章司●取材/文)