マイクロソフトからOSSへ
約840台のPCから「Office」を排除 福島県会津若松市が、オープンソースソフトウェア(OSS)を活用したITコスト削減にチャレンジしている。庁内で利用しているパソコン(PC)約840台のオフィスソフトを、マイクロソフト製品からOSSの「OpenOffice.org」に10月から切り替え始めているのだ。ソフトのライセンス費用削減が目的だが、背中を押した最終的な出来事は違う。それは、マイクロソフトからみれば皮肉なもの。同社製ソフトのバージョンアップだった。(木村剛士●取材/文)
■約840台PCのオフィスソフト「OpenOffice」へ移行 福島県内で4番目の都市で、人口約13万人を抱える会津若松市。毎年360万人もの観光客が訪れる県内屈指の観光都市だ。IT企業では富士通の主要半導体関連会社、富士通インテグレーテッドマイクロテクノロジが本社と工場を構えていることで知られる。
この市には市役所を中心に約840台の職員用PCがある。PCには、古くからマイクロソフトのワープロ「Word」と表計算「Excel」をインストールし、文書や表・グラフ作成に使っていた。
今年10月、中核業務で使うこのアプリケーションを、マイクロソフト製品「Office」からOSSの「OpenOffice.org(OpenOffice)」に順次切り替え始めている。一部のPCでは「Office」と「OpenOffice」を併用するが、2011年度(12年3月期)末までには大半の職員用PCから「Office」が姿を消すことになる。
会津若松市より前に、北海道伊達市や栃木県二宮町など他の地方自治体でも「OpenOffice」を導入しているが、それらの規模は会津若松市ほど大きくなく、実験的導入のケースもある。同市ほど戦略的に、大規模な入れ替え方針を打ち立てた市町村は現在のところ見当たらない。
ITスキルが高い人ばかりではない地方自治体の職員が、慣れ親しんだアプリから新たなものに移行するのは苦労が伴う。事実、「移行に関する意見を匿名で職員に求めたら、否定的、批判的な見方が多かった」(会津若松市の本島靖・総務部情報政策課)そうだ。陣頭指揮を執る情報政策課にも負荷は当然かかるにもかかわらず、移行を決めた理由は何か。
最大の狙いはコストの削減だ。今回の移行プロジェクトで約1500万円のコスト削減が可能と市は試算した。
会津若松市では、「Office」をライセンスの一括購入で利用していたのではなく、プリインストールPCをリース契約することで使っていた。そのため、移行はリース切れしたPCを、順次「Office」がプリインストールされていない新たなリースPCに変える方法を取った。スケジュールは、今年度が240台で2010年度が480台、2011年度が120台。
市の計算によると、「Word」と「Excel」のコストは5年リースのPC約840台で約1750万円。この金額と「OpenOffice」利用時との差額が約1500万円に達する。具体的には、一部のPCには「Office」もインストールするためそのライセンス料が発生し、それと職員500人分の「OpenOffice」研修用eラーニング教材コスト40万円分との合計が約250万円になる。研修は、500人についてはeラーニングに頼ったが、残りは集合型研修で講師は情報政策課の担当者が務めた。
本島氏はコストについてこう話す。「当市には情報処理に精通した人間が10人ほどいて、『OpenOffice』に関する集合研修講師を自前で賄うことができた。インストール作業も情報政策課で担当している。ほかの市町村が同じことをやれば、移行・研修作業にそれらの追加コストが必要で、ここまでの削減は実現できないだろう」と説明している。
■「Office 2007」の登場が背中を押す皮肉な結果に ただ、コスト削減効果だけでは「今回の移行プロジェクトには踏み込めなかった」(本島氏)という。実際の移行作業を始めたのは今年10月だが、情報政策課がここまで至るのに検討時期を含めれば、実に5年もの歳月をかけている(図参照)。多数の職員が使うアプリだけに軋轢は必至とみて慎重な姿勢で臨んでおり、二の足を踏んでいた面もあった。その背中を押す決定的な事柄が、マイクロソフトの最新版「Office 2007」の登場だった。
「前版の『Office』とは全く違う構造で、『2007』では文字を表示できないなどの問題が多かった。文字表示するためにフォントのソースを自前で開発して対応したこともある。移行作業に手間がかかるのは、マイクロソフト同士でも同じと思い、『OpenOffice』に完全移行する決断に踏み切ることができた」。本島氏はこう振り返る。マイクロソフトがユーザーの利便性向上を図るために投入した新版が、結果的に他のソフトへの移行を促すという皮肉な結果を生んだわけだ。
現在、職員の研修作業が終わり、『Office』がなくなった後も大きな問題やトラブルは発生していないそうだ。本島氏とフォントのソースコードを開発した情報政策課 目黒純氏は共通して、こう語っている。「『OpenOffice』を導入することよりもマイクロソフト製品をなくすことのほうが大変。マイクロソフト製品を排除するつもりはないが、同社に対する依存度が高いとは思っており、適材適所でOSSをほかの分野でも使っていきたい」。
財政難に悩む地方自治体が、ITコスト削減策としてOSS採用に着眼するのは自然な流れといえる。そのなかで、会津若松市がマイクロソフト製品のバージョンアップに悩んだ点は、他の地方自治体にとっても共通なはず。今後このような自治体が出てくる可能性は十分あるだろう。