新政権発足から2週間余り。公共分野のITビジネス(公共IT)の活発化に期待するSIerが増えている。保険や補償、グリーンIT、医療・介護など、旧政権と方針が大きく異なる領域で、「新しいビジネスが見込める」(大手SIer幹部)と、虎視眈々とチャンスをうかがう。公共ITは、投資削減や財政ひっ迫で長らく先細りの傾向にあったが、政権交代による大幅な政策変更によって、にわかに色めきたってきた感がある。公共ITを強みとするSIerは、これまで需要の伸び悩みに苦しんできただけに、「受注拡大の商機を徹底的に研究する」(別の大手SIer幹部)と商魂を露わにする。
◆医療保険 まず手堅いのが、後期高齢者医療制度の廃止だ。同制度の仕組みづくりに強い大手SIerのTKCの角一幸副社長は、「制度が変わるということは、システムを手直しするのと同義」と、期待を寄せる。医療保険を巡っては、2000年の介護保険、08年の後期高齢者医療制度の実施と、近年だけで二つの“特需”に恵まれた実績がある。制度の単純な廃止だけでもシステムの手直し需要が見込めるが、これに他の公的保険制度の再編なども含めた見直しとなれば、大型案件に結びつく可能性が一気に高まる。
◆直接支給 公共ITに強いインテックの金岡克己社長は、新政権は「基本的に個人へ向かおうとしている」と、政策のターゲットのメインは生活者だと分析する。これまでの公共投資は、主に有力な業界団体や外郭団体を経由して、産業育成や雇用促進に努める方式だったが、今後は必要な人に必要なだけ、直接的に補償する割合が増えることが見込まれる。旧政権が実施した全世帯向けの定額給付金では、IT業界にはスポット的な受注が相次いだ。民主党のマニフェストから、類似の案件をイメージするSIerも少なくない。
また、従来の日本の公共ITの仕組みでは、個人の所得や納税額を総合的に管理する仕組みがなく、仮に政策の中心を個人や世帯に向けるとするならば、社会保障番号などの基盤整備の必要性が出てくる。
◆グリーンIT 温室効果ガスを2020年までに90年比で25%削減するという目標数値の上方修正にも、「商機がある」とみるSIer幹部が少なくない。シーイーシーは中間期(09年2~7月期)、ITを活用してスーパーなどの店舗施設で使う電力を削減する省エネビジネス事業の評価損で3.4億円を計上した。流通小売業の投資意欲の減退から思うように売れなかったのが原因だ。だが、削減目標が高められることで、省エネ化に向けた投資が再び浮揚する可能性がある。同社の新野和幸社長は、「温室効果ガス削減によって得られるリターンをより明確化してほしい」と注文をつける。ルールがはっきりすれば、そのリターンを最大化する商材開発がやりやすくなり、販売に弾みがつくとみる。
◆医療・介護 医療分野においても、大きな変革の予兆がうかがえる。レセプトやカルテの電子化は、予算不足や医療業界の足並みの乱れなどから、普及が大幅に遅れている。医療は多くの利権が絡む分野でもあり、業界団体との利害調整が難航することが多い。過去のしがらみが薄い新政権がここにメスを入れることになれば、IT化の促進が期待される。医療ITに強い石川コンピュータ・センターの多田和雄社長は、「プラス要素とリスクが複雑に交差する」と、冷静にビジネスを見極める。
社会制度は、今やITによって支えられているといっても過言ではない。民需の立ち上がりの勢いが鈍いなか、公共ITにベンダーの熱い視線が注がれている。(安藤章司)
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オープンな制度設計に期待
公共団体や医療、健保などの公共ITは、政府の政策に依存する部分が大きい。公共分野を収益の柱に据える大手SIerのある幹部は、民主党優勢が伝えられた8月中旬の段階で、同党のマニフェストに釘付けになった。「これは意外にいけるのではないか…」と、商売人としての直感がひらめいたと話す。
ITシステムは社会制度を支える基盤であり、制度変更はシステムの見直しに直結する。業界団体などが支持してきた旧政権とは異なり、新政権は労働者団体が有力な支持母体の一つ。政策の方向性は、補助を必要とする生活者個人や世帯に向けられる傾向がより強くなるとみられる。もし、こうした政策を実行しようとすれば、対象が全国民に拡大する。ITの仕組みなしでは到底実現できまい。
長らく公共投資を預かってきた業界団体や外郭団体が戦々恐々とする反面、「激しい変化に慣れっこのIT業界は、うまく乗り越えられる」(SIer幹部)と楽観的な声が聞こえてくる。また、見方を変えれば、これまで公共ITに縁が薄かったITベンダーの新規参入や受注拡大のチャンスが高まる可能性がある。一方で、公共ITを大口で元請けする従来の“ITゼネコン”方式の是正への圧力につながることも考えられる。
先行きの不透明感が強いなか、リスクの高まりを指摘する声もある。システム設計は時間がかかる作業であり、政策や制度そのものが曖昧であったり、途中で変更が加えられると開発コストがかさむ。時間をかけてでも制度設計をしっかりと行い、整合性を高めるのが重要になるだろう。TKCの角一幸副社長は、「納税者の立場から申し上げれば、ただ元に戻すのではなく、システムの改修を通じて制度をより発展させてほしい」との見解を示す。発注の公平性の確保はもとより、こうした議論にITベンダーが積極的に参加できるオープン化にも期待したいところだ。(安藤章司)