アップルの「iPad」が6月下旬に国内で発売されて以来、「電子書籍」を巡る攻防に火花が散っている。紙媒体のメディア市場で主演を演じてきた大手出版社や印刷会社に、電子媒体の制作・頒布などを支援する新顔のプレーヤーも加わった主導権争いはめまぐるしい。国内の「電子書籍」市場は、成長率が130%程度。急拡大する気配のあるこの市場のおかげで、低迷に喘ぐソフトウェア業界が恩恵を受ける構図が浮かび上がってきつつある。
インプレスR&Dによれば、国内の電子書籍の市場規模は、2009年で574億円に達し、08年比で23%増と成長著しい。14年には現在の2.3倍の1300億円に拡大すると推測している。日本経済新聞社の幹部は「現在は、端末ごとに方式が異なる。しかし、将来は標準化されてくる」とみている。徐々に標準化が進み、インプレスR&Dが14年以降に「普及期」に入ると予測していることとも符合する。
09年はスマートフォン向け「電子書籍」アプリケーションに限定されていたことや、コンテンツ売上高の89%がコミックを中心とした携帯電話向けだった。ところが、今年後半からはiPadに刺激され、東芝やシャープなど大手メーカーが電子書籍を読める端末を出し、米国ですでに発売されているソニーやアマゾンの端末も国内投入が近いとされている。
いまある電子書籍は、紙媒体をPDF化し、本をめくるようにコンピュータ端末で読むことができる「紙媒体を焼き直し(電子化)」したものにすぎない。しかし、多くの出版社などコンテンツホルダーは電子化する際に動画を挟み込んだり、ウェブサイトとの融合を図るなど、付加価値化を検討している。コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)の久保田裕・事務局長は「電子書籍は、今後ソフトと同等の著作物になる」と、市販ソフトと同じように使用許諾などを考える必要性が高まっていると指摘する。
現在は、アップルのiTunes Storeなど「ストア」と呼ばれる“電子書店”で電子書籍が販売され、利用者が端末で課金し、必要な書籍を読む環境ができつつある。電子書籍の形式は、ストアにより異なり、読む方式もダウンロードやストリーミングなどさまざま。確立された標準規格はない。久保田事務局長は「不正コピーできない方式の整備や付加価値化の開発が必要で、これらをしっかり確立するにはソフトベンダーの力が必要になる」と、このブームがソフト業界のビジネスチャンスになるとみている。
電子書籍の普及は、大手出版社や印刷会社だけでなく、小規模の出版社などの参入を容易にする。そうなった際、電子書籍の付加価値化や課金システムなどで、ソフト業界の技術力が必要になる。(谷畑良胤)

「iPad」の登場で「電子書籍」の普及に火がついた