社会現象と呼べるほどのヒット商品になっている「iPad」。電子書籍やゲーム、映像など、娯楽系コンテンツを楽しむデジタル機器として注目を集めている。だが、iPadの利用価値はそれだけではない。その機能を考えれば、企業・団体の生産性向上や業務効率化のための“業務用モバイル端末”として、価値をもっているはずだ。法人向けITビジネスを手がける一部のITベンダーは、iPadのもつ力に魅せられ、すでに動きだしている。「魔法のデバイス」とアップルが表現するコンピュータの法人需要には、火がつくのか。可能性を探った。
導入企業・団体、続々と登場
普及の可能性はiPhone以上
驚異的な普及速度
80日で300万台超え テレビやウェブメディア、新聞・雑誌にラジオ……。2010年5月28日は、ほぼすべてのメディアが店頭でiPadに群がる人々の姿を伝えた。メーカーが発売した一つの製品に関して、ここまで多く情報が発信されるケースは最近では珍しい。いや、同じアップルのiPhoneを除けば、の話である。報道機関だけでなく、CGM(消費者生成メディア)としての地位を確立したTwitterでも、この日のつぶやきはiPad一色。勢いを改めて印象づける一日になった。
アップルのスティーブ・ジョブズCEOがiPadを発表したのは、約半年前の10年1月28日。米国では4月3日の発売で、その後、当初の計画よりも約1か月遅れて、5月28日に日本で販売が始まった。全世界での累計販売台数が100万台に到達したのは4月3日。わずか28日で達成した。そして、ペースを落とすことなく、5月31日には200万台を超え、発売80日目にあたる6月21日には300万台を突破した。ちなみに、日本市場でのPCの年間出荷台数は、個人、法人合計で951万8000台(09年4月~10年3月、電子情報技術産業協会調べ)。iPadが、いかに驚異的なスピードで全世界に流通したかがわかる。

(左)iPad国内発売初日の5月28日、午前5時には直営店「Appleストア銀座」に行列ができていた
(右)量販店は発売初日に早くもiPadアクセサリーコーナーを新設した
1月28日の発表から現在に至るまで、iPadは電子書籍の閲覧やゲーム、映像の視聴など、エンタテインメント系コンテンツを利用するデジタル機器とされている。液晶サイズ3.5インチのiPhoneでは、画面が小さくて実現が難しかったり、消費者に抵抗感を与えたりしていたことで普及しなかったアプリケーションが、iPhoneの約3倍の液晶サイズをもつiPadなら実現できると、iPad用の娯楽系アプリが続々と登場している。アップルが運用する「AppStore」でダウンロード件数が多いアプリのトップ3は、1位が「電子書籍」、2位が「カーレースゲーム」、そして3位が「卓上ゲーム」だ。ビジネスシーンで利用できるアプリはあるものの、娯楽系アプリに比べて圧倒的に少ない状況にある。
iPhoneを超える法人の関心
みずほ銀行、大塚製薬が導入 しかし、アプリケーションの数こそまだ揃っていないものの、企業・団体のiPadに対する導入意欲は高い。すでに導入を決めたケースも少なくないことが、それを証明している。例えば製薬業大手の大塚製薬は、6月7日、約1300台を導入して、MR(医薬情報担当者)全員に貸与する計画を発表した。ドクターに資料を見せる際に活用するほか、MRが学習利用も想定している。実のところ、「トップダウンで決まった話」(関係者)のようで、7月からの導入に向けて急ピッチで利用指針を決めている段階だという。
大塚製薬以外にも、さまざまな業種・業界の企業・団体が、すでに導入を決めている。高校や大学の一部が、教職員と学生とのコミュニケーションの活性化と学習支援のために、来年度の新入生に無償貸与するケースもある。名古屋文理大学や名古屋商科大学は、その代表例だ。一方、小売業では、店舗での接客の際、客に商品を分かりやすく説明するために、iPadを利用する。世界的メガバンクのみずほ銀行もiPadに着眼し、金融商品の説明で試験的に一部店舗で活用し始めた。
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