リーマン・ショックの影響を多大に受けた2009年、若干の回復をみせた10年、そして、11年。IT企業のトップは今年をどう見ているのか。本紙編集部では、2010年末に有力IT企業92社のトップにインタビューを敢行した。その声をもとに、11年度、IT業界全体がどのような動きをみせるのかを探った。(週刊BCN編集部)
トップが選んだ2011年の言葉
最も多いのは「挑戦(チャレンジ)」
『週刊BCN』編集部では、2010年11月下旬から12月下旬の約4週間をかけて、SIerを中心に92社のIT企業を訪問し、そのトップにインタビューした。各社に共通の質問を投げかけ、その答えをまとめることで11年(11年度)にIT業界全体が進む方向を導き出すことが主な目的だ。
まず、「2011年、自社のキーワード」を聞いた。その答えとして最も多くの経営トップが選んだ言葉が「挑戦」だった。IT企業の社長たちは、11年は10年以上に積極策を打つ姿勢を鮮明にしている。そもそも、年の初めに悲観的・保守的なキーワードを掲げる経営者はそう多くはない。「挑戦」は経営トップが好んで頻繁に使う言葉でもある。だが、今年は例年以上にそれを口にするトップが目立った。92人中の10人がこの言葉を選んでおり、同様の規模と質問内容で取材した2010年と比較すると、ちょうど2倍になる。
「挑戦」という攻めの言葉を各氏が選んだ背景には、「不透明な時代が今後も続く」という危機的予測があることを感じ取った。ITホールディングスの岡本晋社長は、「混沌からの脱却」という言葉をキーワードに掲げ、不透明な市場環境を実感していることを隠していない。
市場が伸び盛りで“押せ押せ”の挑戦というよりも、「今、挑まなければ生き残りは難しい」という危機的な観点から、「挑戦」を掲げる心情が垣間みえる。富士通グループ最大のソフト開発企業、富士通システムソリューションズ(Fsol)の杉本隆治社長は、「09年と比較すると、10年はユーザー企業のIT投資は回復した。しかし、リーマン・ショックを経験したユーザーの要求は厳しくなっている。(不況以前に比べて)短納期、低コストは当たり前。だから、SIの手法を見直してローコスト化したり、クラウドに代表される新事業を生み出したりしないといけない」と危機感をあらわにしている。
厳しい見通しを裏付けるかのように、11年度の売上高予測は「前年度比0%~5%」が全体の47%を占めた。あくまでも目標ではあるが、「2ケタ以上の成長を目指す」とした企業は、4社に1社もなかった。
有望視する市場
中国を中心とした海外
しかし、悲観ばかりではない。複数の経営トップが期待している市場がある。それが海外だ。2011年に強化する戦略として際立っている。
海外事業について「過去の実績が計画以上で11年も積極投資する」と回答した比率は25.1%で、「実績はなくても11年は積極投資」と回答したのが19.4%。二つの回答を合わせれば44.5%に達する。ほぼ半数の企業が海外に積極投資する意向だ。
国内IT産業の伸び率は、ここ数年、1~2%で推移する可能性が高い。リーマン・ショック以前まで5%前後の安定成長を続けてきた状況が一変する、というわけだ。そうなれば、拡大が見込めないマーケットで、競合との消耗戦を繰り広げることになる。
その一方で、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)を中心した新興諸国は、市場規模こそ小さいものの、企業の情報インフラがまだ未整備な国が多く、高い成長が見込める。停滞する日本、成長する海外――。こうした状況から、たとえ言語や商慣習が異なっても、成長のためには海外へのチャレンジが必須と考え、多くのIT企業が海外に照準を合わせているのだ。NTTデータの山下徹社長は「世界で跳躍」をキーワードに掲げ、日立情報システムズの原巖社長も「グローバル」を明示している。
NTTデータや日立情報システムズなどの大手IT企業だけでなく、中堅規模のSIerも、海外進出を加速する傾向も現れている。10年度(11年3月期)の年商見込みが320億円のSRAホールディングスは、09年2月、中国市場に強いSJIホールディングスと資本・業務提携したが、今年度から本格的に中国市場でソフト開発と製品販売事業を伸ばすための準備を進めている。11年度はさらにアクセルを踏むつもりだ。
今年度(11年3月期)に330億円の売上高を見込む富士通ビー・エス・シー(富士通BSC)も中国に力を注ぐSIerの1社だ。10年以上前から中国に進出しているが、従来の日系企業を対象としたビジネスだけでなく、中国資本の企業をターゲットとしたビジネスを本格的に立ち上げようとしている。同社の兼子孝夫社長は、11年のキーワードとして「中国」を挙げ、今年は本腰を入れて中国市場に取り組む姿勢を鮮明に示している。企業規模を問わず、中国を中心とした海外市場狙う企業は多い。
クラウドに大きな期待
実績は各社によってマチマチか
IT企業各社の期待度は高いものの、実績が伴っているケースもあれば、そうでない場合もあるのが「クラウド」だ。09年、クラウドは言葉自体はかなり浸透した。複数のIT企業は、ネットワークを通じてコンピュータのソフトやハードの処理能力を提供す方法を「クラウド」と呼び、関連サービスを続々と投入した。ユーザー企業が導入するケースも確実に増えてきた。
今回の総力取材で、クラウド事業の進捗について聞いてみると、少々意外な回答が多かった。各社注力分野だけに、成長が「計画値以上」と「計画通り」との回答が合計で49.2%を占める結果が出た。しかし、「計画よりやや弱い(遅れている)」「計画よりも弱い」との回答が、合計で40.0%に達した。手応えを感じているIT企業が半数を占める一方で、期待値が高かったのか、計画には達していないと感じているケースも多いわけだ。
中堅SIerの日本事務器は、一般的なSIやソフト開発事業からの脱皮を進めており、グーグルが手がけるアプリケーションサービス「Google Apps」の販売パートナーになっている。3月上旬に開かれたユーザー企業向けの「Google Apps」の説明会の申込者は、わずか2日で定員に達する人気ぶりで、引き合いは多いという。ただ、田中啓一社長は、「引き合いは多く、ビジネスチャンスは多いと感じているが、ビジネスとしてはまだまだ工夫しなければならない部分がある」と話している。
大きな金額を一気に稼ぐ既存のSIビジネスと、小額を積み増していくクラウドサービスは、ビジネスモデルがまったく異なる。たとえ顧客からの引き合いが強くても、ビジネスとして立ち上がっているかどうかは、まだマダラ模様といった状況であろう。そのことが今回の調査・取材で明らかになっている。
主要SIerのトップが語る言葉
既存ビジネスからの脱却を意識
図4では、主要なSIer10社のトップがコメントした声をまとめた。NTTデータの山下徹社長は、国内だけでなく世界をターゲットに置いた事業戦略を推進する姿勢が読み取れ、一方、野村総合研究所(NRI)の嶋本正社長の発言からは、クラウドへの意識が強く感じられる。また、ITホールディングスの岡本晋社長からは、既存のSI事業やソフト開発のビジネスモデル、体制では生き残りは難しいという危機感が感じ取れる。
今回の取材では、不透明な経済環境のなか、既存の事業体質では成長できないという意識をもっている経営者が多いことを肌で感じた。市場自体が踊り場を迎えたといってよい現在、強みと弱みを分析し、先の将来を見据えた長期戦略が必要であることは確かだ。