人件費が安い海外諸国に、ソフト開発の一部を発注するオフショア開発。この10年で利用するSIerが増加し、今では開発の総額は約1000億円にまで規模が拡大している。ただ、商慣習・文化の違いや言葉の壁、開発方法の相違でスムーズに開発が進まず、思うように成果をあげられないという声も聞こえる。メリットとリスクが共存するオフショア開発。それを取り巻く環境は、果たしてどうなっているのか。オフショア開発業界の今を俯瞰する。(文/木村剛士)
figure 1 「市場規模」を読む
今後も増加傾向、SIerは活用に意欲的
国内オフショア開発の合計金額を年度ごとに示したのが下図である。国内ソフト開発産業の売上金額の動向と類似した推移を辿っている。2008年度まで伸び続け、リーマン・ショックの影響を受けた09年度に下がり、10年度に復活。再び1000億円ラインに達したようだ。11年度以降もオフショア開発は伸びる可能性が高い。
情報処理推進機構(IPA)が行った調査によれば、「11年度以降、オフショア開発を拡大させるか」という問いに対し、71.1%のSIerが「現在よりも拡大したい」と回答。「現在と同程度の規模で継続したい」と答えた比率は27.8%。「縮小したい」という答えはゼロだった(1.1%は無回答)。また、これまでオフショア開発の実績がない企業に、「今後、オフショア開発に取り組むか」を聞いたところ、「積極的に取り組みたい」「実施を検討中」を合わせた回答が24%を占めた。大きな数字ではないが、09年度の約2倍だ。リスクがあることが顕在化した今でも、SIerはオフショア開発に活路を求めている。
オフショア開発総額の推移
figure 2 「成果」を読む
9割の企業は削減効果あり
オフショア開発を活用する最大の目的は「コスト削減」にある。「開発コストの削減を目的としている」という回答は、実に90%を超える。では、果たして成果は出ているのか。その結果を示したのが、下図だ。
コストの削減効果を聞き、09年と10年の回答結果を示した。2010年度調査で「実質的にはほとんどない(コストを削減できていない)」と回答した企業は9.3%。逆にいえば、10社に9社はそのメリットを少なからず享受できているわけだ。また、計画に対してその達成度を聞いた項目では、3.1%が「目標以上に達成している」と回答。「ほぼ達成している」が48.5%を占めた。2社に1社は、計画以上の成果を出している勘定だ。
ブリッジSEの雇用やオフショア開発支援部門の設置、品質管理体制の強化、出張費用など、オフショア開発を進めるうえで新たに生まれるコストはあるものの、総じてオフショア開発企業は成果を出しているといっていい。国内の開発者に比べて3~4割程度安い海外の技術者を活用する価値はあるという結果が現れている。
オフショア開発によるコスト削減効果
figure 3 「発注先」を読む
中国が圧倒的、ベトナムが台頭
日本国内のSIerとソフト開発企業は、実際にどの国に発注しているのか。上位4か国は「中国」「ベトナム」「インド」「フィリピン」。なかでも中国は、圧倒的だ。他国に比べて物理的な距離が近いこと、日本のSIerが拠点を設置しているケースが多い点、また日本語を話すソフト開発者が多いことが理由となっている。図に示したように、4年続けて80%を超えており、中国の地位は揺るがない。第2位としてイメージされるのがインドだが、実際にはベトナムが09年から2位に躍り出ている。
ベトナムは、中国やインドに比べて開発者の人件費が安い。中国はGDP(国内総生産)の成長に伴い、ソフト開発者の給料も急騰している。コストをさらに削減したいと考えるSIerが増え、加えて中国への一極集中をリスクと考えて、発注国を分散する傾向もある。これらの観点からベトナムを選ぶ傾向があるというわけだ。一方、インドの発注量が増えない理由としては、英語が得意な開発者が多いことから、米国企業からのオフショア開発案件が多いことと、ユーザー企業からの直接受注を試行する傾向が強く、日本のSIerの下請けを嫌う傾向があることをIPAは挙げている。中国は揺るぎない存在であるものの、徐々に選択肢としてみられるケースが増えたベトナム。この2国が中心的存在だ。
オフショア開発の発注先
figure 4 「課題」を読む
商慣習と言語の違い克服も政情を不安視
コスト削減効果をものにしているSIerが着実に増えていることが調査によって判明した。では、課題は何か。発注先の国によって、日本のSIerが課題として感じる項目が異なるので、最も発注量が多い中国を例にとる。図では、課題になりそうな13項目と、「その他」を合わせて、14項目で過去3年間の変遷を示した。
2010年に課題としてトップになったのは、「人件費の上昇」で55%を占めた。中国にオフショア開発を発注する国内SIerの複数の声を総合すると、年率10%程度の上昇率だ。2番目は、09年に最上位だった「品質管理が難しい」。3番目は「政情不安等の危険がある」。従来から課題として挙げられている「言葉の壁」「文化・商慣習の違い」「品質管理」は大幅に改善がみられる。「優秀な技術者の確保が難しい」という回答も毎年確実に減少している。
オフショア開発を手がけたことがないSIerは、これらの言語や商慣習、品質管理に関して問題視する傾向があるが、実際にオフショア開発を行っている企業は課題としてみるところが少なくなってきている。その一方で、「政情不安等の危険」が新たな課題として急浮上した格好だ。2010年に活発だった中国での反日デモ活動などの影響で、カントリーリスクを感じる日本の企業が増えているからだろう。ITに関係ない部分を問題視し始めているのだ。
オフショア開発の課題(中国の場合)