調査会社のIDC Japanは、東日本大震災の影響を受けた2012年の東北IT産業を、北海道と並び前年対比で微減と予測している。これに国の復興基金が加われば、もう一段の回復は期待できるだろう。だが、震災の傷跡は、今も東北IT産業界に重くのしかかっている。
宮城県情報サービス産業協会(MISA)の穴沢芳郎事務局長によれば、加盟企業の調査から「宮城県内のITベンダーは、震災後平均して2~3割の減収となった」という。受託ソフトウェア開発中心の東北地域のIT産業は、地元案件の減少と風評被害が重なり、案件が激減した。ただし、MISA加盟企業のなかには「4割以上も売り上げを伸ばしたITベンダーがいる」(穴沢事務局長)ともいう。震災を契機に急きょビジネスモデルの転換を図り、受託開発とは異なる事業で収益を確保するITベンダーも存在したのだ。
案件の減少に伴って、受託ソフト開発依存の体質を改め、自らの技術ノウハウを生かしてパッケージを開発したり、スマートデバイスのアプリケーション開発でソリューション展開などを開始。東北に支援の絆の目が向く今、全国に自社製品・サービスをアピールすることに成功しているのだという。
一方、震災直後、他の被災県はどうだったのだろうか。岩手県庁は、地震発生直後、県庁に災害対策本部を設けた。3月25日には、これを拡張した本部支援室を設置している。岩手県政策地域部地域振興室の平野晃・地域情報化担当課長は、「震災直後に取り組んだのが、被災地域の情報収集。3月下旬から4月にかけて、インターネット環境の仮復旧を進めた」と話す。宮城県と福島県の行政機関にも、同じ動きがあった。
岩手県では、政策地域部地域振興室が連絡調整窓口となり、岩手県立大学の柴田義孝教授が主導する三陸沿岸復興ICTプロジェクトや、村上優子教授が率いる岩手震災IT支援プロジェクト、シスコ・システムズなどの民間企業が参加するWIDEプロジェクトが被災地支援活動に従事した。
このうち三陸沿岸復興ICTプロジェクトは、IPStar(衛星通信)を活用したインターネット環境をいち早く構築。WIDEプロジェクトは、4月に入って、被災地域でIPStar+Wi-Fi、3Gによるインターネット環境を構築した。スポットは、陸前高田市や大船渡市をはじめとする7市町村、計37か所にのぼっている。
平野課長によれば、岩手県では、震災によって有線・無線を含む複数の技術を組み合わせることで、災害リスクを減らす通信回線の重層化の必要性が高まったという。総務省の1次補正事業によって、小型の固定無線システムや可搬型衛星通信システムの構築を推進。今後は3次補正事業を活用し、被災地域で光ファイバーなどのブロードバンド基盤の復旧・整備を予定している。
宮城県の自治体は、首都圏の大手ITベンダーから「自治体クラウド」やスマートシティの構想を提案されている。しかし、宮城県震災復興・企画部情報産業振興室の高橋寿久・主幹兼班長によれば、「自治体側にその価値がまったく伝わっていないだけでなく、社会インフラを中心にした復旧・復興に自治体予算が回り、次の世代に向けた取り組みに目が向いていない」と苦言を呈する。新聞などで話題になるスマートシティ構想実現への動きは鈍い。そこで宮城県は、復興特区である「産業集積特別区域」を指定し、沿岸部の企業に対し、企業データを高台に移転する際、企業とITベンダーの補助金を出す制度を検討中だ。まずは震災で壊れたデータの復旧と保管を行い、そのあと、スマートシティなどに目を転じる。
東日本大震災では、東北のIT業界全体が生き残り、活性化するための課題や、地域産業や住民生活でITが求められていることが明白になった。全国の目が東北に向けられているのは、せいぜい3年。この間に最先端のITを使い、変わる姿を全国にみせることによってこそ、東北のIT産業は再生への道を歩むことができる。
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