中国でクラウドサービスを導入する機運が高まっている。中国の現地企業の多くがIT化を進めるなか、低コストの製品・サービスを求めており、その結果、クラウドサービスの導入を選択肢の一つに挙げているのだ。この特集では、日系ITベンダーが展開するクラウドサービスを切り口として、ビジネスの状況を追う。(取材・文●木村剛士/佐相彰彦)
第12次5か年計画でIT支出が増える
クラウドは医療で導入が進む
中国IT市場が急激に成長している。調査会社のIDC Japanは、中国のIT市場規模は2013年に1730億ドルまで拡大し、アジア太平洋地域で最大のIT支出国である日本の市場規模を4%上回ると予測している。一般消費者のIT需要に加え、中国政府の「第12次5か年計画」によるIT支出機会の拡大が中国IT市場の主要な成長エンジンになっているという。
中国では、企業内個人のモバイルアプリケーションの利用が増大し、それによって企業向けハードウェアやソフトウェア、システム構築の需要が喚起されるとみられる。公共分野では、中国政府が地域医療の改善を目指し、医療クラウドに関しての大規模なIT支出が見込まれているという。さらに、電力需給を最適化する「スマートグリッド」の普及もIT支出を促進しそうだ。IDC Chinaによると、2011年に2か所で実施していたスマートグリッドの実証実験プロジェクトが完了し、今年からは全国規模でスマートグリッドの導入が予定されているそうだ。
クラウドサービスだけでなく、システム構築でもビジネスの拡大が見込まれる中国市場で、日系ITベンダー各社はクラウドサービスをベースに、さまざまな角度から製品・サービスを提供しようとしている。次項からは、「データセンター(DC)ビジネス」「アプリケーションビジネス」、SIやパッケージソフトとクラウドを組み合わせた「ハイブリッド型ビジネス」に分類して、日系ITベンダー各社が手がけているビジネスを紹介する。
【DCビジネス編】
【TIS】
天津DCで中国ユーザーを獲得
採算度外視のプロジェクトをフックに
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| 中国市場の立ち上げに尽力した天津TIS海泰の丸井崇董事・総経理 |
TIS(桑野徹社長)は、DCを活用したITサービス(クラウド)を天津で立ち上げ、中国の現地ユーザー企業の獲得に成功した日本のSIerだ。DCで稼働しているサーバーのうち、約80%は中国のユーザー企業のもので占められている。
TISの中国でのビジネスは、2008年2月に幕を開けた。天津に本社を置く投資会社と合弁で、中国法人の天津提愛斯海泰信息系統有限公司(天津TIS海泰)を設立。その後、2010年4月に太平洋電信有限公司(パックネット・ビジネス・ソリューションズ)と業務提携して「天津濱海高新インターネットデータセンター(濱海高新IDC)」の稼働を開始した。天津にDCを設置・運用する日本のSIerは、現在も天津TIS海泰以外にない。
DCの設置可能な総ラック数は約1200個。収納の進み具合に合わせて、200ラックずつ増やす計画でスケジュールを組んでいた。まずは最初の200ラックを1年間で埋める予定だったが、半年前倒しで完売となった。そこで、一気呵成に攻めるために、800ラックまで増設することを決めた。
天津でのビジネス立ち上げをリードしたのは、天津TIS海泰の丸井崇董事・総経理である。2011年からは、TISのコーポレート本部企画部海外事業企画室室長も務めており、今は日本と中国を行ったり来たりしている。仕事は、天津だけでなく、上海や北京、そして東南アジアでの事業立ち上げまで広がった。
丸井総経理は、ビジネスが軌道に乗ったきっかけをこう話している。「天津の有名な保険業者に、当社のDCに情報システムを預けた場合、どの程度の効果を見込むことができるかといったアセスメントサービスを提供した。そのプロジェクトでは、採算は度外視。とにかく実績をつくりたかったから」。そのサービス品質が保険会社に受け入れられて、正式な受注にこぎ着けた。「これがターニングポイントになった」(丸井総経理)。口コミで天津TIS海泰の評判が広がり、一気に中国企業のユーザーを獲得することに成功したという。「天津には、日本企業がほとんど進出していないので、最初から中国企業をターゲットに置いた。これが上海や北京なら、日系企業を追いかけるにとどまっていただろう」と振り返る。
丸井総経理が振り返ったこの4年間の話を総合すると、順調に立ち上がったポイントは主に四つ。(1)中国の有力企業をユーザーとして獲得できたこと、(2)単独ではなく中国企業との協業(合弁会社を設立)でビジネス基盤を築いたこと、(3)日系企業ではなく、ターゲットが豊富な中国企業を相手にしたこと、(4)ライバルが多い都市ではなく天津というローカル地区でビジネスを立ち上げたこと──。
丸井総経理は、「今は『売る』ではなく『儲ける』がテーマ。単価の高いサービスでいかにラックを埋めるかが現在の私の仕事」という。

天津TIS海泰が設置した天津のDC
【富士通】
自社所有DCでビジネスの幅を広げる
高信頼のアウトソーシング提供へ
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| 富室昌之総裁 |
富士通の子会社、富士通(中国)信息系統(富室昌之総裁)は、広東省管轄政府系企業と合弁して富士通(広東)科技服務有限公司を設立し、その合弁会社の運営で富士通グループの中国初となる自社所有の富士通中国華南データセンターを今年4月11日に稼働開始した。
これまでは、ユーザー企業が中国電信と契約したうえで中国電信のDC内に置かれたユーザー企業のシステムを、富士通(中国)が保守・運用するビジネスモデルを形成していたが、自社所有のDCによってユーザー企業にシステム・サービスをダイレクトに提供できるようになった。近い将来には、クラウドサービスの提供を本格化することも計画しており、中国市場でビジネス領域を広げる取り組みが着々と進んでいる。
富室総裁は、「自社でDCを所有するということは、日系企業の信頼を高めることにつながる。また、中国の政府系企業と合弁会社を設立したことは現地企業からの信頼を高めることに寄与している」と説明する。日系企業の囲い込みにもつながるが、とくに、現地企業相手の案件が増えると見込んでおり、「現地企業をユーザーとして獲得する案件は、今年度(2013年3月期)は前年度比30%増を見込める」と自信をみせている。
自社でDCを所有することで、新しいビジネスが生まれる。それがクラウドサービスだ。「中国市場では、クラウドサービスに関心が高まっているものの、現段階では導入企業が少ない。本格化はこれから」とみている。そのため、日本や中国を分け隔てせずに、アライアンスを組むことができるベンダーを開拓しているという。また、これまで獲得することができなかった現地のSMB(中堅・中小企業)を開拓するために、現地ITベンダーとのパートナーシップを軸に販社体制も整えている。
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