中国市場における事業展開の難しさについて身をもって知っている国内ベンダーが多いせいか、日本国内の事業の延長で日系企業の海外事業所を取引相手にするケースがまだ目立つ。そうした状況から脱し、中国で躍進するためには、現地パートナーとの協業や優秀な人材の確保が不可欠の要件となる。(取材・文/信澤健太)
パートナーと組んで事業を軌道に
中国市場に食い込んでいるベンダーに共通するのは、優秀なパートナーを抱えていることだ。その好例として、アスプローバとウイングアークテクノロジーズの活動を紹介する。
危機感が事業展開を後押し 生産スケジューリングシステム市場で国内トップシェアを誇るアスプローバ。日本と韓国、中国、ドイツ、米国の5拠点体制を敷き、海外事業を推進してきた。中国事業は、今や日本に次ぐ売り上げ規模にまで成長している。
日本国内では1600サイトの導入実績をもつ。伸び盛りの中国では80社100サイトを超え、その40%を現地企業(台湾、香港を含む)が占める。現地資本で引き合いが強いのが、華南経済圏の民間企業である。上海の現地法人である派程(上海)軟件科技有限公司の徐嘉良副総経理は、「東日本大震災以降、日本の工場の海外移転が加速しており、『Asprova』が導入されている」と状況を語る。
日系企業に対しては、電通国際情報サービスやJBCCホールディングスなどの販売パートナーと、NECをはじめとする協力パートナーが販売活動を展開している。その一方で、現地企業に向けての販売で力を発揮しているのは、現地資本の地場系ベンダーだ。
とくに、「国有企業はコネがないと参入は難しい」(徐副総経理)のが現状で、現地ベンダーで構成する代理店網を駆使して売り込んでいる。藤井賢一郎・上海法人総経理/日本本社副社長によると、武漢の地場系パートナーが自社ブランドで国営の軍需工場に納入した実績があるという。「軍や中央政府出身の社員が多数在籍するベンダーで、国営企業の案件を取ってくる」(藤井副社長)。ただ、代金回収率が極めて低いことが課題となっている。
同社はおよそ10年前に北京に進出し、その後、上海にオフィスを移転した。北京にオフィスを構えていた当時は、ユーザーのほとんどが日系企業。パートナーも日系企業が中心だった。現地事業の開拓に乗り出したのは、「地場企業を対象として販売しないと生き残れない」(藤井副社長)という危機感があったからだという。
2年をめどに、中国市場での売り上げを現在の2倍にする計画を掲げる。徐副総経理は、「中国ナンバーワンの生産スケジューリングシステムへの足固めをする」と意気込む。
多様な協業を模索 ウイングアークテクノロジーズの上海法人である文雅科信息技術(上海)有限公司は、2009年9月28日、集計・レポーティングツール「Dr.Sum EA」中国語版の販売を開始した。販売から3年目を迎えて、現地企業に20~30社、日系企業に数社に納入した実績をもつ。
現地パートナー企業は、大きく分けて販売代理店とOEMパートナーの2種類。持ち株会社である1stホールディングスは、ERPを中心にソフトウェアを販売している上海達策信息技術有限公司(上海達策)やビジネスインテリジェンス(BI)プラットフォームを開発・販売している北京宇動源科技有限公司(CosmoSource)との資本提携を実現して、製品面や販売面、マーケティング面での事業強化を図っている。
中国に進出して間もない頃は、知名度は皆無に等しく、販売手法も確立されていなかった。「日本のパートナーはBIに対する高い知見があるが、中国はまだ十分ではない」(桜井洪明・董事長/総経理)という状況があった。
同社が知名度・ブランド力の向上や、パートナー開拓のために打った施策といえば、セミナー・展示会の開催、雑誌への広告掲載、テレマーケティングなどの地道なものだった。結局のところ、パートナー獲得に“奥の手”はないことがわかる。
ブイキューブ
定価が意味をなさない
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| 間下直晃社長 |
海外で製品を販売するにあたり、ベンダーが頭を悩ますのは価格設定である。中国・東南アジアを中心とする地域で、現地企業にウェブ会議システムを販売するブイキューブに例を取ってみよう。間下直晃社長は、「地域別に価格を極端に区分してはいない。各地域の為替に換算した料金を設定しており、ディスカウントでの調整もある。ほとんどの場合、定価はあまり変えていない。地域によっては定価の20%引きや40%引きをしているケースがある。中国では定価を下げていないが、もともと値引きは当然の文化があるので、定価が意味をなさない」というのが実情のようだ。
人材の育成、こう進める
頻繁な転職が当たり前の中国。優秀な人材の確保は、どのベンダーにとっても悩ましい問題だ。人材流出の回避に取り組むNTTコミュニケーションズ、NECの事例を紹介する。
生え抜き社員で競争を勝ち抜く NTTコミュニケーションズは、海外事業を開始して10年あまりが経つ。中国ではパートナーとの協業を通じて72拠点、600人を超えるスタッフ、1200回線以上、7000プロジェクトの実績をもつ。
日系企業が中心ユーザー層であるが、欧米企業や現地企業にも食指を伸ばしている。NTT通信系統(中国)有限公司の張建明総経理は、「2、3年前からローカル(現地企業)市場の開拓を進めないといけないとの意識が高まってきた」として、日本語専攻の中国人学生を採用して教育に力を入れている段階だという。2年前から日本本社に中国から社員を逆出向させるかたちをとっており、2年コースと半年コースの二つを設けている。
張総経理は、「日本でサービス品質の高さを理解してもらう。そして、日本品質を中国価格で提供できるようにしている。そのためには、社員を大事にすることが欠かせない。当社では、どうしても辞めて欲しくない人材はきちんと定着しており、転職率は低い」と語る。
2015年度には、10年度比2倍の売上高100億円を目指す。非日系の売り上げ比率は、50%以上にする計画だ。
定着率向上か転職前提か 企業ニーズの多様化に伴い、システムエンジニア(SE)に求められる業務ノウハウは幅広くなっている。ただ、SEの育成には時間がかかる。NEC(中国)有限公司の神原良之・第一製造・装置ソリューション事業部総経理は「地道に教育していくしかない」と話す。優秀な人材は日本本社に派遣して教育している。定着率の向上に役立てる狙いもある。
しかし、社員の引き留めに四苦八苦しているのが実情だ。「人件費がコストのほとんどを占める。近年はその人件費が高騰しており、ある程度給与を出さないと優秀な人材が採れない。ただ、給与を上げればよいわけではない」(神原総経理)。会社に対する忠誠心を高めるために、社員旅行や社員総出の植樹イベントを行っているが、効果は確認できていないそうだ。
文雅科信息技術(上海)有限公司の姿勢は、NECとは180度異なる。現地の商慣習を理解し、業務知識やBIに対する高い知見をもつ優秀な人材について、退職することを前提に採用している。「人が抜けても業務が回るシステムをつくっておく。例えば、ドキュメントを共有するようにしておくことで、メイン人材が辞めてもサブ人材が活躍できるようにしている」(桜井総経理)というように、リスクを織り込んだ経営を心がけているのだ。
上海敏傑軟件有限公司
受託開発偏重から抜け出す
日本からの受託開発を主な事業とする上海敏傑軟件有限公司。田傑(デン ジエ)社長は、内田洋行に常駐して「Super Cocktail」の開発に携わった経験をもつ人物だ。
2007年、内田洋行と業務委託基本条約を締結して以来、内田インフォメーションテクノロジーを加えた取引額が売り上げの大半を占める。2009年、日本国内に日本MJを設立した。直近では、インフォテック・ホールディングスと上海に合弁会社を立ち上げ、今年12月に営業を開始した。
これまでに、内田洋行のCRMシステムを中文化して内田洋行(上海)に納入。今年、オフィス関連製品「Oiteminfo」を中文化して販売を開始した。
このほか、現地企業向けのアプリケーション開発を手がけており、新卒学生の採用やシステムの共同開発を通じて華東師範大学と緊密な産学連携関係にある。
同社は、受託開発事業の拡大に向けて、設計・保守工程にまで食指を伸ばしている。今後は、中国市場の開拓もさらに進める方針。田社長は、「中国では物流業界のIT化が進んでいるが、人材が大変不足している。内田洋行の物流ノウハウやソリューションをベースに事業の拡大を検討している」と現地の状況を語る。