データセンター(DC)運営大手のKVHは、国内外でDC設備の拡充に乗り出す。2013年中をめどに国内2か所とシンガポール、香港に新しくDC設備の確保を目指す。同社は2011年にサーバー室の床面積約4000m2の大型DCを首都圏に開設したばかりだが、「13年の早い段階で完売する見込み」(東瀬エドワード社長)であることから、首都圏でDCを増設するとともに関西圏でもDC確保を進める。さらにアジアのDC拠点を増やすことで、他のDC運営会社やSIerに対する優位性を高める。KVHでは向こう5年で売上倍増の目標を立てており、投資を一段と拡大する。(安藤章司)

KVH
東瀬エドワード社長 KVHは、DC設備を首都圏と関西圏にそれぞれ1か所ずつ追加し、既存の首都圏3か所、関西圏1か所に加えて計6か所体制への拡充を目指す。千葉県印西市にある自社所有の大型DCは2011年2月に開業したもので、現在稼働中のサーバー室床面積は約4000m2。本紙推計によるラック換算数はおよそ2600ラック規模と大きいが、2013年の早い段階で完売する勢いで受注が好調に推移している。このため急遽、首都圏にDC設備を借り受けることで印西DCのキャパシティを超える受注に対応していく。昨今のBCP(事業継続計画)やDR(災害復旧)のニーズに応えるため、関西圏でも首都圏と呼応するかたちでDC設備を増やす計画だ。
2013年中にはASEAN地域のゲートウェイとしてシンガポールにDCを確保するとともに、中国のゲートウェイ的な位置づけで香港にもDCの確保を目指す。シンガポールDCは現在稼働中の印西DCと同じ規模で、香港はその半分ほどの規模をイメージしている。2012年末には、韓国・釜山に中規模DCを開設しており、海外DCは当面計3か所に増える見通しだ。東瀬社長は、「市場動向を見極めながら、将来的には上海でのDC確保や、印西DCの拡張も視野に入れる」と、DC設備への投資に強い意欲を示す。
この背景には、高集積化が可能な第3世代DCに対するユーザー企業の需要拡大がある。今年5月に約120億円を投じて新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)が首都圏に開業した約1300ラック相当の第5DCは、ラックあたりの標準給電量は約6kVAで、旧世代DCの同約2kVAに比べて約3倍に相当する。単純計算すれば処理能力は約3倍に増えることになるが、「実際に稼働してみると、クラウドの中核技術である仮想化とハードウェアの省電力化によって、第2世代DCと比較してラックあたり5~6倍の処理能力を発揮できる」(NSSOLの謝敷宗敬社長)と、経済性が非常に高いことが実証されている。KVHの印西DCのラックあたりの標準給電量も約6kVAであり、「旧世代DCやユーザー自社内の電算室から、高効率の当社DCへサーバーを移すユーザーが増えた」(東瀬社長)ことが販売のけん引役となった。
もう一つ、ユーザー企業がDCを選定するにあたって、近年重視するのがグローバルIT環境との接続性の高さだ。とりわけアジア市場におけるDC設備の一体運営に対するユーザーニーズが強いことから、KVHはシンガポールと香港でDCの確保を目指す。
国内での大手SIerによる第3世代DCの開業は相次ぐものの、海外のDCと一体的な運営となるとまだ課題が残る。NSSOLは独自に開発したエンタープライズクラウドサービス「absonne(アブソンヌ)」をシンガポールのDCにも構築しており、2013年年初に第1号ユーザーが利用を開始しようとしているなど、先進的なSIerは現れてきてはいる。だが、日本の主要SIer全体でみると、NSSOLのような動きはまだ限定的といわざるを得ない。
KVHは、DC運営大手としての差異化策の柱の一つとしてのグローバル展開を率先して進めることで、「むしろSIerの方々に当社DCを活用してもらいたい」(武田光弘・パートナー営業推進本部執行役員)と、SIerやソフト開発ベンダー(ISV)などとのパートナーシップを組んでいくことでビジネス拡大を目指している。
表層深層
KVHは、もともと通信インフラ構築に強く、また証券取引所と低遅延で接続するなど、金融分野にも強みをもつ。釜山に開設したDCも取引所との低遅延接続を強みとしており、金融都市のシンガポールと香港でのDC開設を優先して取り組むことでIT投資が旺盛な金融分野での受注拡大を狙う。産業分野でも、金融の特殊な取引業務ほどの低遅延性は求められないとしても、物理的な距離が遠くなるとどうしても通信の遅延の問題が大きくなる。このため、できる限り経済活動の主体となる市場に近い場所にDCを置くのがいいとされる。
アジア主要都市にDC拠点を整備することで、日本からアジア市場へ進出する日系ユーザー企業だけでなく、「米国や欧州からアジア市場に参入するユーザー企業もターゲットにする」(KVHの東瀬社長)と、欧米、あるいは中国・韓国企業なども主要顧客に位置づける。
日本に本社を置くKVHの主な出資者は米大手資産運用会社のフィデリティ・グループであり、英DC運営大手のコルトとは兄弟会社の関係にある。KVHの顧客数が約2000社であるの対し、コルトは欧州を中心に約3万5000社、19か所のDCを運用するなど規模が大きい。KVHは主にアジア・太平洋地域を担い、欧州を中心とするコルトと連携しながらグローバルITサービスをさらに強化していく。ただ、業務アプリケーション層ではSIerやISVに分があるので、協業を深めることで共存共栄の関係を強めていく方針だ。