「選択と集中」というのは、独立系ソフトウェアベンダー(ISV)が直面する課題だ。顧客の要望を100%聞き入れれば機能過剰になり、不得意分野まで参入することになる。開発コストがかさみ、ソフト事業全体が足を引っ張られる。ISVの多くは、この呪縛にとらわれて方向性を失う。学習管理システム(LMS)を中核とした教育コンテンツ会社、システム・テクノロジー・アイの“生き方”は、そんなISVやパッケージソフトを開発・販売するITベンダーに一石を投じる。社長の松岡秀紀は、小規模なベンダーだからこそのヒントを挙げてくれた。(取材・文/谷畑良胤)
イノベーションを起こすには、イノベーションを起こしたモノを使うこと──。日本オラクルの技術者だった松岡秀紀は、スピンアウトしてシステム・テクノロジー・アイを設立した当初からこのことを胆に銘じている。最新技術にアンテナを張り、すぐに社内に持ち込む。LMSという特定領域で、それをどう生かすか、自身の考えを社員にぶつける。
会社を設立した当時から、長らくオラクルなどの自社内外の研修所を使った認定研修や教材の開発、eラーニングでのコンテンツ配信などを手がけてきた。コンテンツはIT業界向けのものだけだった。そして3年前からは、一般企業の教育研修を手がけることになった。時期を同じくしてリーマン・ショックが発生し、沈没寸前にまで松岡は追い込まれていた。少なくとも、そのようにみえた時期があった。
松岡は言う。「多くのISVは技術力がない。うちにはある」。IT技術のコンテンツをつくる以上、技術力には自信があり、最新技術を使ったイノベーションをすぐに起こすことができる。気落ちした時に、折れる心を繋ぎ止めたのは技術力というわけだ。
話を主力のLMSに戻すと、同社によればOracle認定技術など、IT技術に関するコンテンツの販売の需要は年々落ちている。教育関連ソフトのダウンロード販売は、目に見えて減っている。勢い、リアル研修も集客力を失うことになる。
3年前に一般企業向けにも枠を広げていなければ、立ち行かなくなっていただろう。今、ようやくその芽が出始めた。古くて高価なLMSのリプレースは進むとの読みがあったが、リーマン・ショックが「待った」をかけた。だが、ここにきて風向きは、向かい風から追い風に転じている。外資系を中心とした競合メーカーの力が衰えたこともいい方向に作用している。

システム・テクノロジー・アイの松岡秀紀社長は、技術向けのイベントでよく講演に招かれる
同社の一般企業向けLMS「iStudy Enterprise Server」は、オンプレミス版もクラウド版も、ID数ベースで年率20%以上の伸びを示している。ここでも対象を絞っているわけだ。営業ターゲットは、多くの社員の人材教育を施す必要のある大企業。最近では、大手銀行や生・損保会社、病院、製薬会社などヘルスケアといった案件が次々決まる。「当社のLMSは、研修・学習管理、人材管理のトータルソリューションだ。コンテンツは当社押しつけの内容ではなく、導入企業の各社に存在するコンテンツを簡単に再利用して使える」。松岡は手応えを感じ始めた。
大手企業に入り始めた同社のLMS。2年ほど前から、次の一手を打っていた。海外赴任の人材が使うことを想定し、日本語以外に英語・中国語対応をして、外国人の採用を積極化した。「日本語で開発したソフトは、次の日に英語と中国語にトランスレーションできる」(松岡)と、技術力があるからこそ成し得る技だ。ちなみにメガバンクでは、大半のシェアを獲得。銀行系では、すでにマジョリティになっている。今は、医療情報担当者(MR)の教育ツールとして製薬業界向けに勢いが出てきた。同社には、派生製品としてペーパーレス会議システム「iStudy E-Server」がある。これを導入した某地銀は、LMSを同社製に入れ替えた。このシステムをフックに事業が広がり始めている。[敬称略]