SAPジャパン(安斎富太郎社長)は、クラウド市場に本格参入することを正式に発表した。グローバルで発表済みの方針ではあるものの、SAPが全製品・ソリューションをクラウドでカバーすることを明確にしたインパクトは大きい。SAPジャパンに新設されたクラウドファースト事業本部長に就任した馬場渉バイスプレジデント(VP)は、「2007年から2010年までのSAPのクラウド事業は本質を見誤っていたことをグローバルの経営幹部も認めており、現経営体制で検討を重ねた結果が今回の抜本的な方針転換だ」と説明する。大企業の基幹系システムを中心に、ビジネスソフトウェアのリーディングカンパニーとして君臨してきた同社のクラウド戦略の内容と、市場に与える影響を展望した。(本多和幸)
SAPのクラウド戦略のポイントは、ITの複雑性を極力排除して、情報システム部門ではなく、業務部門主導型で使うソリューションを提供することだ。これまで同社はクラウドサービスとして、中小・中堅企業、新興国にターゲットを絞り、必要な機能を統合したスイート製品を提供してきた。しかし、新戦略ではターゲットを「中小から大企業まですべての規模の企業を対象に、重点地域も新興国や先進国を問わず全世界にシフト」(馬場VP)し、ソリューション戦略も、自前のアプリケーション群を「People」「Money」「Customers」「Suppliers」の4領域に新たにセグメンテーションして、全企業規模向けにバラ売りできるようにする。例えば、日本でも近く提供を開始するスイート製品「SAP Business ByDesign」も、個別の機能ごとに購入・利用できるという。
また、クラウドサービス企業の買収を重ねたこともあって、複数のプラットフォームが乱立していたが、これもPaaS「HANA Cloud Platform」に統一する。開発部隊も、これまでオンプレミスで展開してきたすべてのソリューションを「HANA Cloud Platform」上に移植する作業を進めているという。当然、SAPの自社アプリケーションだけでなく、パートナーもこのプラットフォームを利用して商材を開発できるので、「バラ売り」効果とあわせて、多くの個別機能をより自由に組み合わせられるエコシステムを実現できるというわけだ。
馬場VPは、SAPがクラウドにシフトする際の強みについて「業務部門に精通していること」を挙げる。いったんクラウド市場に踏み込んでしまえば、「今までITのインフラしか手がけてこなかった企業とアプリケーションレイヤーで競って負けるとは思えない。業務部門主導のIT導入が進むなかで、ビジネスバリューにもとづいてテクノロジーの使い方をガイドできる人材を抱えていることが本当に必要な要素」と、クラウドでもSAPは高い競争力を発揮できるという見解を示す。
これから現実的な課題として浮上してくるのは、実際にこれらのクラウドサービスをどう売っていくのかということだろう。安斎社長は、「(販売単価が下がる)既存パートナーの反発も予想していたが、彼らもクラウド時代に対応してどう事業構造を転換すべきか悩んでいる。SAPと一緒に変わりたいと言ってくれる企業も相当数ある」と明かした。まずは上位20社との連携のかたちなどを検討する予定だ。
では、実際にパートナーはSAPのクラウド戦略をどうみているのか。東洋ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)の古田英樹・執行役員ソリューション営業統括本部長は「ユーザーのすそ野を広げ、営業対象が拡大することは歓迎すべきこと」とポジティブに捉える。同社の昨年度売上約114億円のうち、SAP関連事業が占める割合は5割を超えており、基幹事業といえる。一時的にでも売上減となる恐れはないのか、という問いには、「大企業で、ヘッドクオーターの基幹系システムがいきなりクラウド化するとは思っていない。そうした企業がクラウドを導入するのは、まずは新規の海外拠点や特定の業務部門など周辺部分からで、これらは新規案件になる」と答え、当面はオンプレミス中心の既存のSAPビジネスを維持しつつ、クラウドで上積みを狙う方針だ。
一方、アビームコンサルティングの中野洋輔・執行役員プリンシパルプロセス&テクノロジー第1事業部長は、「SIerとは違い、コンサルティングファームのビジネスは業務プロセスの知見と人材がベース。そういう意味ではクラウドサービスに移行しても、やるべきことは変わらない」と話す。SAP関連事業への具体的な影響については「当社はあらゆる産業に適用できるフレームワークをもっているので、中小企業も含めて多くの企業の役に立てる。既存事業は堅調に推移しており、クラウドがドアオープナーになり、新規案件獲得につながると期待している」と、B-EN-G同様、上積み要素と考えている。
表層深層
すべての規模の企業を対象に、個別のアプリケーション単位から統合製品まで、クラウドで多様なソリューションを提供する。ハイブリッドクラウドを含め、「あらゆるニーズに対応する」といわんばかりの戦略という印象も受けるが、これまでSAPが主戦場としてきた大企業の基幹システム以外の分野で、はたして勝てるのか。現時点では、見通しが不透明といわざるを得ない。例えば、中小・中堅企業におけるERPや基幹業務系のソフトウェアでは国産ベンダーが強みを発揮し、外資が参入できる市場ではないといわれてきた。しかし、クラウドに対応したサービスを展開しているベンダーは少ない。これが突破口になる可能性も否定できない。
一方で、「業務部門に精通していることがSAPの強み」と馬場VPはいうが、中小・中堅規模の企業側は、SAPの製品がユーザーフレンドリーなものだとは思っていないだろう。中小・中堅企業向けのソリューション提案に長けたパートナーの整備も、現段階では十分とはいえないのではないか。
いずれにしろ、SAPがクラウドにシフトしたことによって、競合するベンダーが増えるのは間違いない。SAPにとっての新領域における既存プレーヤーがどのような防衛線を張るかも含めて、注視する必要がありそうだ。(本多和幸)