ネット選挙が解禁されて初の国政選挙となった第23回参議院選挙。自民党の大勝による「ねじれ」解消の裏で、投票率は52.61%と戦後3番目の低調ぶりを示した。冷静にみれば、選挙期間中に候補者がインターネットを通じて情報発信できるようになっただけで、にわかに有権者の政治への関心が高まると考えるのには無理がある。ネット選挙解禁という話題性が先行した感のある今回の参院選のなかで、関連ツール・ソリューションを投入したITベンダー各社は、何を期待し、何を得たのか。彼らの目を通して、初のネット選挙を振り返るとともに、ITベンダーにとってのビジネス上の意味を探る。(取材・文/本多和幸)
自民党に採用されたO2Oサービス

メディアシーク
西尾直紀社長 今年4月の公職選挙法改正案の成立前後から、ITベンダーもさまざまなネット選挙向けのサービス・ソリューションを展開してきた。とくに動きが活発だったのは、情報発信の支援ツールや、「なりすまし」対策の認証サービスといった分野のベンダーだ。
スマートフォン向け無料バーコード読み取りアプリ「アイコニット」で400万ダウンロードの実績をもつメディアシーク(西尾直紀社長)は、政党・候補者向けに、ネット選挙向けO2Oサービスのパッケージ「アイコニットプラットフォーム」を展開。自由民主党に採用され、候補者全員にQRコードを配布し、そこから誘導されるウェブコンテンツの基盤をクラウドで提供した。
自民党の候補者は、任意で自分に割り当てられたQRコードをチラシやポスター、名刺などに印刷することができる。有権者が「アイコニット」を使ってそれを読み取ると、スマートフォンの画面に政党や候補者のアイコンが作成され、以後はアイコンをクリックするだけで、公式ホームページやSNS、最新のメッセージ動画などにアクセスできるという仕組みである。クラウドで拡張性の高い基盤を提供できるのが最大の特徴。また、1QRコードのコスト(自民党あるいは候補者の負担)は月額基本料1000円で、1アクセスにつき1円が従量課金される。他社の1QRコードにつき数十万円という価格体系と比べるとリーズナブルであることも採用を後押しした。
メディアシークは、法案成立前の今年2月頃から各政党にこのサービスの売り込みを開始した。西尾社長は、この間の自民党側とのやりとりを振り返り、「政治家は年寄りだからITがわからなくてネットが使えないという認識が有権者にあるとすれば、それは間違い。政治家にとっては選挙民へのアピールは死活問題であり、使えるツールと判断すればどんどん使うが、こちらが思っている以上にシビアな視点をもっており、あえてネットを使わないという候補者も多い」と話す。投票率の低い若年層の支持者をネットで開拓しなくても、今まで通り、地元を回って現有の支持者をがっちりつかんでおけば当選できる候補者も存在するというわけだ。
「ネット選挙解禁が浮き彫りにしたのは、政治家側ではなく、有権者側の課題。一般の大学生を集めてディスカッションをしたり、メールで簡単な意識調査なども試みたが、彼らはインターネットによる選挙運動が解禁されようがされまいが、選挙そのものにほとんど興味がない」と西尾社長は結論づけた。
政策を語るだけではITは生きない
メディアシークは、自民党への「アイコニットプラットフォーム」の提供とは別に、ネット選挙支援を目的に「QR選挙.com」というサイトも立ち上げた。自民党だけでなく、今回の参院選の立候補者全般を対象にアンケートを定期的に行い、その結果をサイトに掲示するとともに、400万人の一般のアイコニットユーザーにも配信した。アンケートのテーマは、「北朝鮮との外交について」から「AKB48総選挙の結果について」まで硬軟織り交ぜた内容で、一般の20代男女にヒアリングして、彼らが興味をもっているテーマを選んだ。有権者、とくに若年層と候補者のコミュニケーション促進が大きな目的だった。
「アイコニットプラットフォーム」やこの「QR選挙.com」のアクセス分析、さらにはネット選挙に関する同社の独自調査などを通じて西尾社長があらためて痛感したのは、「どんなにすぐれた情報発信のツールやスキームを用意しても、政策を語るだけでは投票率の向上につながらない」ということだった。

「QR選挙.com」で候補者と有権者のコミュニケーション促進 「例えば候補者がTwitterを活用する際、『AKB48』についてつぶやくと、AKBのファンで政治に興味がない人が親近感をもつ可能性は高い。実際、麻生太郎副総理が街頭演説である漫画の主人公の名前を口にしたら、それまで票に結びつかなかった層が支持者になったという例もある。それが政治の本質なのかという批判もあるだろうが、民衆とはそんなものだといえばそれまでのこと」(西尾社長)。
従来は、候補者はドブ板作戦で親近感をアピールしたが、ネット選挙ではまた別のやり方で有権者に親近感をもってもらう方策が必要ということなのだろう。メディアシークは今回の参院選を踏まえて、ネット選挙向けサービスのブラッシュアップを図るという。「アイコニットプラットフォーム」を核に、より精緻なアクセス分析、政党のテレビコマーシャルの音声データに反応してQRコードが配布されるO2Oサービスの導入などを検討する。さらには、ゲーム性をもたせたコンテンツをサービスに紐づけるなど、政治に興味のない若年層を投票に向かわせる動線となるような仕組みづくりにも力を入れるという。
西尾社長は、「ネット選挙とは、本来、選挙期間だけの取り組みではない。成果を出すためには、日々の活動にどう戦略的にITを取り入れるかが重要」と、政治家側にも釘を刺す。一方で、「若い人たちには、自分たちの未来は自分たちで決めるべきなんだということを理解してほしい。ネット選挙の解禁は、そういう動きが活発化するためのいいきっかけであるのは間違いない」と強調する。