スペインのサッカー強豪クラブ、レアル・マドリード。セールスフォース・ドットコム(SFDC)日本法人社長の宇陀栄次は、このチームに自らを重ね合わせる。日本オラクル、日本IBM、日本マイクロソフト、あるいは大企業のCIO(最高情報責任者)などの有力者を自社の幹部に次々と登用している。世界から有力選手を豊富な資金力で集めるレアルと同じだと言うのだ。同社が提供する基盤を使って、受託ソフト開発一辺倒のITベンダーが「クラウド」という参入障壁を越えて活躍し始めている。(取材・文/谷畑良胤)
熊本県人吉市に本社を置くシステムフォレストは、数年前まで下請け中心の受託ソフト開発を行っていた。だが、リーマン・ショック後の景気後退を受け、受託ビジネスが急激に減速。同社社長の富山孝治は、船井総合研究所の指導を受けてビジネスモデルをクラウド型に転換し、実を結んだ。下請け比率を37%から7%に減らし、「Salesforce.com」に特化した業務コンサルティングに移行し、収益を改善したのだ。
富山は述懐する。「下請けばかりやっていると、顧客の顔が見えなくなる」。とはいえ、自前の汎用アプリケーションはもっていないし、クラウドは参入障壁が高い。システムエンジニア(SE)主体の社内組織を見直して、営業、コンサルティング部隊を新設した。そのうちにセールスフォースの案件が次々と舞い込むようになってきたという経緯がある。
「経営者の覚悟が絶対に必要だ」と、富山はつくづく思う。大規模システムを一からつくる時代が過ぎ去っていく、そんな変化の渦のなかでうまく時流に乗ったといえる。
SFDCは、世界に類をみない数がある日本の受託ソフト開発会社のビジネスモデルを転換することに懸命だ。一方で、業界の新参者をクラウドで支援もしている。このシリーズで取り上げたアカウンティング・サース・ジャパン(A-SaaS)に対しては資本業務提携というかたちで出資した。A-SaaSが狙う領域は、TKCなど大手3社が席巻する会計専用機の市場。A-SaaSはすでにクラウドで一定の実績を上げているが、SFDCの支援を受けてその基盤上で認知度を高め、メジャーになることもあり得る。

クラウドを使った企業向けサービスは、これから本番を迎える(本文と写真は関係ありません) 受託ソフト開発会社もそうだが、すでに長年の実績がある既存のアプリをもつ独立系ソフトウェアベンダー(ISV)にとっても、これまで築いてきたパッケージビジネスを壊してクラウドへ移行するには、相当の覚悟が必要だし、投資余力がなければ前へ進めない。
SFDCに限らず、データセンターとクラウド基盤を有するアマゾンなどサービス・プロバイダの力を借りてビジネスを軌道に乗せる動きは、A-SaaSに限ったものではない。参入障壁の高い分野で高いシェアを保つITベンダーにとっては、クラウドが“ゆでガエル”の目を覚ましてくれる。
会計ソフト大手、弥生の社長、岡本浩一郎は「いずれ潮目が変わる」と、新興ITベンダーの動きを注視する。スマートデバイスで最適化された会計ソフトなどが参入し始め、弥生が得意とする中小企業分野で、市場を形成する事態もゼロではない。「試行錯誤するなかで、格段に上のUX(ユーザー・エクスペリアンス)を提供した」(岡本)と、現段階では他社の追随を許さない技術力をはっきりと市場に提示できている。それでも、クラウドやスマートデバイスなどの普及を横目に、自社のビジネスモデル変革に余念がない。
今、顕在化している参入障壁の高低がクラウドやクラウドに伴う技術革新で変化し、主役の交代は容易になりつつある。顧客の多くが望むクラウドを見据えて、技術力を蓄える必要性はますます高まっている。[敬称略]