SAPジャパン(安斎富太郎社長)は、クラウドERP「Business ByDesign」日本版の提供を11月に開始する。今年6月、同社がクラウド市場への本格参入を正式に表明したのは記憶に新しいが、アプリケーションの核となる商材が、ついに市場に姿を表すことになる。ただし、華々しいデビューというわけではない。SAPジャパンは「Business ByDesign」日本版の提供を正式に発表した際、「グローバル企業の海外中小規模拠点をターゲットにする」という方針を明らかにした。それなら、そもそもなぜ日本向けのローカライズが必要だったのか。2007年の発売からはすでに6年が経っている。一見、矛盾を孕んでいるようにみえる戦略だが、はたして、真の狙いは──。(本多和幸)
二層目のERPもSAPに

馬場 渉
バイスプレジデント 日本のERP市場は、2012年、前年比で2ケタの成長をみせている(矢野経済研究所調べ)。この需要の伸びを支えているのは、製造業を中心とする日本企業の積極的な海外拠点の整備だ。
新設する海外拠点向けのERPに求められるのは、スピーディーな導入と低コストでの運用であることが多い。そのため、例えば本社や本国の重要拠点にはフルスケールの「SAP ERP」、海外拠点群にはもっと手軽に安く使えるERPを導入するような「二層ERP」が一般的になってきている。そして、多くのERPベンダーがこの「二層目のERP」領域に精力的にアプローチしている。SAPも中堅・中小規模向けのソリューションをもっているものの、独走状態の大規模向けと同等の競争力を発揮しているとはいい難い。
そう考えると、SAPジャパンが、まずはグローバル企業の海外中小規模拠点をターゲットに「Business ByDesign」日本版を提案するとしたのは、理にかなっている。これまでみすみす他社に明け渡してきた二層目のERP市場で巻き返しを図るうえでは、短期間での本稼働が可能で、イニシャルコストの負担が軽いクラウドERPの「Business ByDesign」は有効な商材といえそうだ。同社の馬場渉・バイスプレジデント(VP)クラウドファースト事業本部長は、「当社のユーザーが一番困っている部分にフォーカスしたからこその戦略」と説明する。
確かに納得性のある説明だが、いくつかの疑問点も浮かんでくる。「Business ByDesign」は16か国でローカライズ済みで、グローバルでは1000社の導入実績があるが、16か国の内訳をみると、欧米が多い。アジアは中国、インドだけだ。しかし、ユーザーである日本企業の海外進出トレンドはどうか。タイ、ベトナム、インドネシアなど、ASEAN地域が人気で、「Business ByDesign」のローカライズエリアとはギャップがある。馬場VPは、「ASEANには日本企業が早くから進出していて、拠点にはすでに何かしらのシステムがある。『ByDesign』が狙うのはそのリプレースではなく、新規案件なので、中国やインドでのニーズが大きいと考えている」と話し、ギャップは感じていないと強調する。仮にギャップを感じるユーザー企業が出てきたとしても、SAPのノウハウにもとづいたローカライズツールをパートナーやユーザーに開放しており、対応は可能だという。
1~2年で国内向けの提案本格化
また、そもそも海外拠点向けに提案するのなら、「Business ByDesign」を日本にローカライズする必要があるのかという疑問もある。これについては、「国内には売らないと思われているとしたら、それは誤解だ」(馬場VP)という。「基幹システムの導入・運用は中長期的な計画にもとづくもので、日本の言語、制度、商慣習に対応した機能を実装することで、海外で使うユーザーにも安心を提供できる。日本版のバージョンアップのロードマップも明確にしており、提供を開始してすぐの2月には新バージョンを出すことが決まっている。1~2年後には、日本企業の国内連結子会社やSMB向けにも積極的な提案を開始する」と、馬場VPは明言。段階的にさらなるローカライズを施した後に、国内市場に本格展開する方針を示唆する。
ただ、うがった見方をすれば、国内向けにクラウドERPを本格展開するにはまだ壁が高く、ローカライズも十分ではないと考えているともとれる。ERP市場に詳しい本好宏次・ガートナージャパン リサーチディレクターは、「現時点でどの程度ローカライズできているのか、実績が出ていない段階で国内に売るのは難しい。国内への展開は数年越しで進めていくのだろうが、未知数の部分が大きい」と指摘する。また、クラウドERPで先行し、「Business ByDesign」を迎え撃つかたちになるネットスイートの内野彰・マーケティング本部部長は、「プレーヤーが増えることは市場が活性化するので大歓迎。ただしそれも、しっかりローカライズして“使える”製品に仕上げてくることが大前提」と話し、言外に参入障壁の高さを匂わせている。
「売り方」の面でも課題は散見される。現時点で、「ユーザーやパートナーの反応は良好で、関連セミナーなども盛況」(馬場VP)だというが、ガートナージャパンの本好氏は、「まず、当面の方針である日本企業の海外拠点への提案については、手がけられるパートナーは大手のSIerやコンサル・ファームに限られ、面的なビジネスの拡大はそれほど期待できない」と指摘する。さらに問題なのは、国内外のいずれでも、「Business ByDesign」が、既存の中堅・中小向けSAPソリューションと市場を食い合う「共食い」になってしまう可能性が高いという点だ。「クラウドのようなストックビジネスの営業を、社内でどう評価するかという仕組みは未整備なパートナーが多い。結果として、既存のソリューションのほうがビジネスになるので、『Business ByDesign』を売りたがらないという状況になってしまう可能性がある。SAP社内にも同様のことがいえる」(本好氏)。
実際にパートナーの声を聞いてみると、アビームコンサルティングの中野洋輔・執行役員プリンシパルプロセス&テクノロジー第1事業部長は、「一足飛びに『Business ByDesign』が既存のERPに取って代わるとは思っていない。ただ、大手顧客が多い当社にとっては、二層目のERPソリューションを強化する商材であることは確か。まずは現時点での出来を見極めたうえで、提案の選択肢を増やすことができれば」と話す。また、東洋ビジネスエンジニアリング(B-EN-G)は、「現在調査中の段階なので、展開の仕方については明確にはいえないが、二層ERPとしての利用は可能性があると考えており、期待している」としているが、B-EN-Gは二層ERP用途で日本企業の海外拠点での実績も多いSCM/ERP「MCFrame」や、海外対応会計パッケージの「A.S.I.A」といった独自商材ももっている。「Business ByDesign」とどう売り分けるのかという課題は当然出てくるだろう。いずれにしても、パートナーには様子見の雰囲気が漂っている。
表層深層
「Business ByDesign」が、現在のERP市場のニーズに応える製品であることは確かだろう。しかし、グローバルでの実績ですら1000社というのは、SAPとしては寂しい数字ではないか。重厚長大なERPシステムを売ってきた同社がクラウドERPを売ることの本質的な難しさがここに現れているように思える。
それでも、SAPジャパンの馬場VPは、「2010年に製品アーキテクチャと販売体制を変えた後に急激に実績が増えた。成長率は高いビジネスだ」と、悲観していない。SAPジャパンは、「Business By Design」を収益の柱として育てるとともに、既存ソリューションの拡販にも相乗効果を及ぼし、SAP製品のカバレッジを広げていく戦略製品としての効果も期待しているのだ。
ガートナージャパンの本好氏も、「SAPはクラウドへの本格シフトにすでに踏み出している。課題はあるが、『Business ByDesign』がSAPのクラウド戦略の中核であるのは事実。パートナー企業もそれは見誤らないほうがいい」と話す。
過去、何度も延期されてきた日本版がついに投入され、もはや、基幹システムの国内市場でも、クラウドを避けて通ることはできなくなりつつある。であるならばパートナー企業は、伸るか反るか、クラウドERPを売るためのビジョンとスキームを他社に先がけて確立し、ベンダーを動かしていく。そのくらいの気概をもったチャレンジが必要ではないか。(本多和幸)