大企業だけでなく、製造業を中心に、中堅・中小企業のグローバル化が進んでいる。これに伴い、海外拠点でのERP導入ニーズが一層高まっている。ERPベンダーは、市場のニーズの変化をどのように捉え、商機をつかむためにどのような策を講じているのか。大手ベンダーを中心に取材した。(取材・文/本多和幸)
ERP需要を盛り上げる中堅企業のグローバル化
●2012年は前年比12.6%の伸び 矢野経済研究所の調査によると、2012年のERPパッケージライセンス市場は1091億円で、前年比12.6%の伸びを示した。2009年のリーマン・ショック以降は停滞が続いていたが、2012年は成長のターニングポイントとなった。需要をけん引するのは、日本企業の海外拠点だ。従来のような大企業だけでなく、製造業を中心に、中堅企業もグローバル化が進み、ERPによる財務、人事、サプライチェーンなどの統合的な管理ニーズが高まっている。
ユーザーのニーズは、大企業と中堅企業ではどのように違うのか。調査会社のガートナージャパンの本好宏次・リサーチ ディレクターは、「大企業では、これまで拠点ごとにバラバラに展開してきたシステムを統合的に管理し、“部分最適から全体最適へ”というトレンドがあるのに対し、中堅企業では、システム化によるガバナンス強化や業務の自動化、効率化、会計制度(国際会計基準)への対応などがERP導入の目的であるケースが多い」と解説する。中堅企業の海外拠点は、生産管理、販売管理などがそもそもシステム化されていないケースが多いという。
●人気が高いSAP製品 
ガートナー ジャパン
本好宏次
リサーチ ディレクター こうした市場の変化はベンダー側の勢力図にどう影響しているのか。ガートナー ジャパンが、昨年、ERPを利用中、もしくは利用を検討しているユーザー企業を対象に行ったアンケート調査で、興味深い結果が出ている。「現在導入している、もしくは今後導入してみたいERPパッケージのベンダー(製品)」について、従業員数1000人以上の38社と、1000人未満の79社から複数回答可で回答を得た結果、従業員数1000人未満では、SAP(ERP、R/3)が27%、富士通(GLOVIA)が15%、SAPの中小向け「Business One」が13%、オラクル(EBS)が9%、東洋ビジネスエンジニアリングが9%、オービックが8%、マイクロソフト(Dynamics)8%といった選択率になった。
一方、従業員数1000人以上は、SAP(ERP、R/3)が53%と圧倒的。次点がマイクロソフトで19%、オラクル(EBS)が18%、富士通(GLOVIA)13%、ワークスアプリケーションズ11%、オラクルの中堅企業向けERP「JD Edwards Enterprise One(JDE)」が8%となっている。
ベンダー名と製品名が混在しており、一見、海外拠点向けに導入することを考えると適切とは思えないベンダー・製品を選択しているケースもみられるが、そうした事情を考慮しても、2007年発売の後発であるマイクロソフト「Dynamics」が、高い認知度、期待度を示しているようだ。また、本好氏は「いまの時点で現実解ではなくても、大企業、中堅企業を問わず、国産ベンダーが海外対応をしてくれるなら採用したいという声は根強い」と指摘する。
ガートナー ジャパンの調査結果でも明らかなように、「海外拠点に導入する、または導入したいERP」という観点では、やはり外資系のメガベンダーが圧倒的な認知度と信頼性を誇る。しかし、ライセンス料や保守料などの価格体系がグローバルで厳密に規定されている外資系ベンダーの営業姿勢には、ユーザーからの批判が根強いのも事実。単純にコストが高いというイメージもまだまだある。メガベンダーに対する不満をすくい上げて、柔軟な対応ができる体制をパートナーと一緒に整えることが、国産ベンダーにとってはキーポイントになる。

注目のベンダー――日本マイクロソフト
急激に高まる存在感 ユーザーの海外展開支援チームを組織
●「強み」のあるパートナーと協業 2007年にERP「Dynamics AX」をリリースし、業界では最後発ベンダーといえるマイクロソフト。しかし近年、「Dynamics AX」は、ユーザー企業はもとより、ITベンダーの注目度も高く、存在感を急激に高めている。日本マイクロソフトの日隈寛和・執行役Dynamicsビジネス本部長は、「年々50~60%の割合で売り上げが伸びている」と手応えを語る。
年商100億円以上の企業をターゲットにしているが、「もともとSAPやオラクルEBSの少し下のレンジで、国際会計基準など、グローバル要件への対応を必要としているユーザー層を狙っていた」(川崎嘉久・Dynamicsパートナー営業部部長)という。
風向きが変わったのは、リーマン・ショックがきっかけだった。日本企業、とくに製造業の分野でグローバルでのサプライチェーン最適化を図る動きが加速し、これに伴ってITへの投資の優先順位も上がった。この需要に「Dynamics AX」がぴたりとはまったのだ。
とくにユーザーに評価されたのが、マイクロソフト製品に共通した特徴である管理、運用、保守の容易性だ。ERP導入後のランニングコストで優位性を発揮するという。
さらに日本マイクロソフトは、日系企業の海外拠点での「Dynamics」導入をサポートする専門チームを立ち上げた。現在はまだ数人の体制だが、今後は人員を増強していく方針で、拡販体制を整える。
また、SIerなどから「Dynamics」の新しいパートナーになりたいという要望も多く寄せられているという。しかし川崎部長は、「どんな領域でもいいので、強みをもっているパートナーと連携したい。売れているからとりあえずやってみようということでは、なかなかビジネスが立ち上がらない」と話しており、慎重に見極めたい意向だ。

(写真左から)
日隈寛和 執行役 Dynamicsビジネス 本部長、
川崎嘉久 Dynamicsパートナー 営業部 部長トップベンダーのERP拡販戦略――SAPジャパン×アイ・ピー・エス
パートナーの意欲的な施策が支える
●海外拠点には高価すぎるSAP ERPのリーディングカンパニーであり、ガートナーの調査でも圧倒的なブランド力を見せつけたSAP。「Business One」など、中堅・中小企業向けのERPパッケージも展開して、幅広いニーズに応える製品ラインアップを整えている。
これまで、日本のユーザーの海外展開については、「SAP Partner Globalization Program」というパートナープログラムを展開することで対応してきた。国内のパートナーに、最新の英語版製品情報・資料を日本語に翻訳する前に提供するとともに、世界各国のSAP拠点と日本のパートナーが連携できる枠組みを提供するもので、ユーザー企業が、日本で懇意にしているパートナーを通じて、海外拠点にSAPのソリューションが導入できるような環境づくりを促すのが目的だ。
SAPジャパンの佐藤知成・バイスプレジデント エコシステムパートナー本部長は、この「Partner Globalization Program」が順調に成果を上げているとしながらも、「中堅規模のユーザーのグローバル化が進んでいるが、その対応には課題があった」と話す。これまでの取り組みは、パートナーの独自開発などを含む、大企業向けの販売スキームの延長上の施策であり、中堅企業の海外拠点に適したコストでERPを導入するためのスキームがなかったというわけだ。
●パートナー組合を活用 この課題を解決する動きとして注目されているのが、中堅・中小企業で実績のあるSAPパートナーであるアイ・ピー・エス(IPS、渡辺寛社長)が今年6月に始めたユーザーのグローバル展開をサポートするサービス「GlobalOne」である。IPSは、SAPのSMB向けパートナーのグローバル組合である「United VARs」の一員だ。この組合には、一か国につき1社しか加盟できず、厳しい参加要件がある。「GlobalOne」は、この組合のネットワークと、IPSのSAP導入ノウハウを使い、低コストかつ万全のサポート体制で、中堅企業の海外拠点にSAPソリューションを導入するもの。コストを従来比で最大50%削減できるという。
IPSの渡辺社長は、「さまざまな業種・業態ごとに、『業務モデル』というイージーオーダーのようにほとんど手を入れることなくそのまま導入してもらえるシステムを開発した。これを、SMBのスペシャリストである各国の『United VARs』組合員と当社が低価格でインプリ(インプリメンテーション=実装)することで、大幅なコストダウンを実現する」と、サービスのポイントを説明する。導入のコンサルティングやサポートも、IPSと現地の「United VARs」パートナーが協力して行う。
IPSの新たなサービスに対しては、SAPジャパンの佐藤バイスプレジデントも、「この2~3年で変わってきているERPの市場に対して有効な取り組みで、頼もしい。『United VARs』のような仕組みを使ってグローバル展開してもらうことで、SAPソリューションの完成度の高さを際立たせることができる」と大きな期待を寄せている。

(写真左から)
佐藤知成 SAPジャパン バイスプレジデント エコシステム パートナー本部長、
渡辺寛 IPS社長
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