東京都の北東部に位置する足立区は、約69万人と政令市並の人口を抱える特別区だ。情報システムも大規模で、構築・運用コストが重い負担となって区の財政を圧迫していた。そこで、システム調達の「見える化、統合化、標準化」を進め、品質、コスト、納期の最適化を図った。そうしてたどり着いたのが、仮想デスクトップインフラ(VDI)による区内全システムの刷新だ。
【今回の事例内容】
<導入自治体>東京都足立区東京都の北東部に位置する特別区。人口は約69万人で、政令市並の規模を誇る。
<決断した人>浦山清治
足立区最高情報統括責任者(CIO)補佐官
民間で経験を積んだITの専門家として、情報システムのプライベートクラウドへの移行をリード
<課題>ベンダーに丸投げしていたため、情報システムの構築・運用のコストがふくれあがっていた
<対策>調達の標準化を進めるとともに、区内システムのプライベートクラウドへの移行とVDI導入によりTCOを削減
<効果>5年前に比べて10億円のコスト削減に成功
<今回の事例から学ぶポイント>ITに精通した人材が少ない地方自治体でも、民間から技術者を招き入れ、最新のテクノロジーを主体的、積極的に導入すれば大きな効果を得ることができる
ベンダーに丸投げの限界
従来の足立区の情報システム整備・運用では、ベンダーに丸投げの弊害が顕在化していた。浦山清治・足立区最高情報統括責任者(CIO)補佐官は、「足立区のシステム構築は情報システムを大手ITベンダーに丸投げ状態で、これがコスト高の大きな要因になっていた。さまざまな業務システムが乱立していたうえに、当時は何でも冗長化するという潮流があり、インフラは、メインフレームが14台、サーバーも300台から400台という規模にふくれあがっていた。(ハードの法定耐用年数が5年であるため)システムは5年ごとに強制的に更改のタイミングを迎えることになり、大きな負担になっていた」と説明する。そこで足立区は、2008年頃から、インフラを集約したうえで区内の全システムを刷新することを検討し始めた。当時、総務省が各地方自治体に電子自治体推進計画の策定を促していたが、この流れに乗り、2010年3月、足立区も電子自治体推進計画を発表し、新しい中長期の情報システム整備方針を打ち出した。
同時期の2009年に民間から現職に転じた浦山CIO補佐官は、こうした動きを先導するとともに、当時ようやく世の中に出回り始めた「クラウド」という概念を、この新たな計画に持ち込んだ。具体的な計画としては、区内のシステムを、学校での業務を対象とした「学校ICT基盤」、グループウェアやドキュメント管理、ポータル、財務会計など、区職員が業務で活用する「内部業務基盤」、そして住民情報系や社会保障系のシステムである「基幹業務基盤」に集約し、それぞれについてプライベートクラウド環境を構築することにした。
VDIアプライアンスに着目
2012年に、まずは学校ICT基盤の構築に着手し、サーバーの集約に取り組んだ。ところが、デスクトップ環境にも課題がみつかることになる。足立区には108校の小中学校があり、PC教室、教師の業務用PCを含め、8000台のPCが配備されていた。これらはほとんどがWindows XP搭載だったため、すべてを入れ替えたうえでシステムを刷新するには、膨大なコストがかかる。そこで、シトリックスのVDI「XenDesktop」を導入し、これをブレードサーバー上で動かすことを決断した。教職員のPCをすべて仮想デスクトップに移行し、3800台のXPクライアントをシンクライアント化して再利用することによって、PCの単純な総入れ替えと比べて、大幅なコスト削減を実現した。学校ICT基盤の構築がある程度進むと、並行して内部業務基盤の整備にも着手し、2013年には内部業務アプリケーションのクラウド基盤への移行を終えた。
2014年には、プライベートクラウド化の最後のプロセスである、基幹業務基盤の設計・構築に取りかかった。ここでもデスクトップを仮想化する方針は決めていたが、セキュリティを含めた端末の設定・管理を完全にサーバー側に一元化するために、PCにかえて、VDIのための機能だけを備えたゼロクライアント端末を1200台採用した。また、Ethernetの通信ケーブルを利用して給電するPoEスイッチも導入し、東日本大震災直後のような計画停電があっても、端末を動かすことができるようにした。
さらに、新しいテクノロジーの情報収集を続けていた浦山CIO補佐官は、ブレードサーバーよりも低コストで仮想デスクトップ環境を構築できるインフラ製品の存在を知り、採用に踏み切った。それが、サーバー、ストレージ、ネットワーク、ハイパーバイザーを集約したニュータニックスのVDIアプライアンスだった。浦山CIO補佐官は、「国内の販売代理店である日商エレクトロニクスがデモ機や検証環境をもっていたことが大きかった。4台のアプライアンス機で1200台の端末に仮想デスクトップ環境を構築でき、われわれが要求する仕様で5年間の使用に耐えうることも確認できた」と、信頼性が採用の大きな前提になったことを強調する。加えて、「VDIの構築も、XenDesktopの実装設計をしてアプライアンス機を設置、接続するだけで済み、短期間、低コストでの構築が可能だったことは大きなメリットだった。また、アプライアンス機ならではのシンプルなラック構成により可用性が向上し、一元管理もしやすくなり、システム運用とセキュリティの両面を同時に強化することにつながった」と振り返る。
サーバーの集約だけでなく、デスクトップ環境にも仮想化を適用することにより、5年前に42億円だった調達コストを、2014年度は、32億円まで削減できたという。現在は、個別の基幹業務システムを更改のタイミングを迎えたものから順次プライベートクラウドに移行している状況で、「完全クラウド化」も近い。(本多和幸)