日本政府は、中国政府が推進している国内銀行業のIT製品導入規制に対する是正に乗り出した。日本のITベンダーが、中国の銀行業向けビジネスで不当な扱いを受ける可能性があるからだ。経済産業省は、「2015年版不公正貿易報告書」の新規項目に「中国銀行業IT機器セキュリティ規制」を追加。今後は、規制の詳細を精査するとともに運用を注視し、二国間協議やWTO(世界貿易機関)の各種委員会などを活用して、是正を促していく。(上海支局 真鍋武)
外資系は排除、もしくは技術流出
事の発端は、中国政府が2014年9月に発表した「情報セキュリティコントロール技術の応用による銀行業のネットワークセキュリティと情報化に関する指導的意見」だ。これは、中国銀行業の安全で制御可能な情報技術の採用比率を2019年までに75%に引き上げるとともに、銀行業に対するネットワークセキュリティ監査基準を構築し、専用の情報技術と製品のセキュリティ検査を強化することを明示したもの。経済産業省は、「安全で制御可能な情報技術」の範囲がATMやサーバー、ストレージ、ソフトウェアなど、銀行業に関わるIT製品・サービス全般に及ぶとみている。
さらに中国政府は、中国国内の知的所有権に基づくIT製品・サービスの使用や、独自基準の評価・認証、国境を越えたデータ流通の妨げとなる仕様の導入などを銀行業に要求するガイドラインを、昨年12月にごく限られた利害関係者だけに発出した。このガイドラインに則れば、中国の知的所有権をもたない外資系のIT製品・サービスは、銀行業の導入対象から除外されることになる。また、中国の知的所有権の取得にあたっては、技術情報を中国側に公開しなければならない。つまり、外資系ITベンダーは、中国銀行業のマーケットを諦めるか、もしくは技術流出という代償を払いながら市場に挑むかの選択を迫られることになる。IDC中国では、中国IT市場に影響をもたらす政策の一つに「セキュリティと制御」を挙げ、「外資系ITベンダーは大きな挑戦を強いられる」と分析している。
これに対して、電子情報技術産業協会(JEITA)、情報サービス産業協会(JISA)、情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)、ビジネス機械・情報システム産業協会(JBMIA)、中国日本商会の5団体は、今年3月3日に連名で中国政府に対して意見書を提出。JEITAによると、「規制の詳細の説明や実施の延期を求めたもので、中国側からの返事はなかった」という。
3月13日には、日本政府が中国政府に対して、規制に関する懸念を申し入れた。さらに3月18日には、WTO加盟国によるTBT(貿易の技術的障害に関する協定)委員会の3月会合で、日本・米国・EU・カナダが共同で規制に対する懸念を表明している。
経済産業省によると、中国が国内の知的所有権に基づく製品の使用や独自基準の認証などを義務づけ、銀行業に必要なセキュリティレベルの範疇を超えた貿易制限を行った場合、TBT協定に違反するおそれがある。
浸透する国産化トレンド
では、この件を日系ITベンダー側はどのように受け止めているのか。ATMを中心に中国で約500億円の売上高を稼ぎ出している沖電気工業(OKI)は、「規制の詳細を把握できていない。現時点では、当社のビジネスに影響はない」と説明。日立製作所と富士通フロンテックはコメントを控えた。影響力の強い中国政府が絡んでいるとあって、日系ITベンダーは慎重な姿勢をみせている。
一方、中国系ITベンダーでは、今回の規制を歓迎する傾向が強い。外資系のIT製品が規制されれば、国産IT製品を提供するベンダーの商機が拡大するからだ。例えば、北京華勝天成科技(華勝天成)では、国産ストレージ製品「飛傑青雲 FS6000シリーズ」などを提供しており、「中国が自主的に制御できる」と強調している。また、華勝天成はIBMと戦略的な協業関係を結んでおり、共同でLinuxソリューションやストレージ製品などの研究・開発を進めている。IBMには、華勝天成に技術を供給して、国産ブランド製品として市場に流通させることで、中国政府による規制を免れようという思惑があるとみられる。
ただし、中国ITベンダーが総じて「国産化推進」を謳っているわけではない。例えば、華為技術(ファーウェイ)の孫佳

・IT産品線市場総監は、「すべての市場がオープンで公平であることを望んでいる」と語る。こうした態度をとるのは、ファーウェイが売上高の約70%を海外で稼ぎ出すグローバル企業だからにほかならない。中国で地場ベンダーが優遇されれば、逆に彼らが海外に進出した時には、諸外国から冷遇される可能性がある。グローバル企業にとって、国産化への迎合は、自らを貶めることにもつながるのだ。
中国政府による規制によって外資系ベンダーが不当に扱われることは望ましいことではない。公平・公正な市場競争が求められる。