SAPジャパン(福田譲社長)のSMB向けビジネスのギアが、2016年は一段上がりそうだ。近年、SAPは企業買収により、フロント系の業務アプリケーションやプラットフォーム商材を次々とラインアップに加え、もはや単なるERPベンダーではなくなった。SAPジャパンは、ビジネスソフトウェアの総合ベンダーとしてのポートフォリオを生かし、これまでとは異次元のレベルでSMB市場のプレゼンス向上に取り組もうとしている。(本多和幸)
MJSと包括的OEMパートナー契約

伊藤佳樹
バイスプレジデント 2015年の年末、SAPジャパンとミロク情報サービス(是枝周樹社長、MJS)は、SAPジャパンが提供するデータベースソフト「SAP SQL Anywhere」シリーズの包括的なOEMパートナー契約を結んだと発表した。MJSは、会計事務所専用機の大手メーカーであるとともに、一般企業向けの業務ソフトも、中小零細企業から中堅・大企業向けまでラインアップしている。今回のパートナー契約は、「MJSが自社製品にSQL Anywhereを搭載して販売する際に、SAPジャパンがMJSに対して一定金額で無制限の配布ライセンスを提供する国内初の包括契約」(MJS)だという。
SQL Anywhereは、SAPがSybaseを買収したことでラインアップに加えた製品だが、この買収以前から、MJSの中堅企業以上向け業務ソフト、ERP製品と合わせて採用されることも少なくなかった。あくまでDBの選択肢の一つとしてSQL Anywhereを使ってもらっていたわけだが、今回の新たなパートナー契約により、DB製品を必要とするほとんどのMJSの商材にSQL Anywhereがバンドルされることになる模様だ。SAPジャパンの伊藤佳樹・バイスプレジデント(VP)パートナー統括本部ゼネラル・ビジネス営業本部本部長は、「他社のDBを使えないようにする排他的な契約ではない。細かい契約の内容は明かせないが、言ってみれば、MJSが顧客基盤拡大に取り組む際に、いちいち当社に相談していただかなくても、SQL Anywhereを制限なしでどんどん売っていただけるかたちになる」と説明する。
MJSも、16年の方針として、一般企業向けの業務ソフト、ERP製品の新規顧客獲得に注力することを明らかにしており、MJSの是枝周樹社長は、「SAPのDB製品について包括的なOEMパートナー契約を結んでいるというのは、競合他社との大きな差異化要因になる。とくに営業部隊にとって強力な武器になる」と、SAPのブランド力への期待を寄せる。さらに、「SAPジャパンとは、長期的な視点として、SAPのプラットフォームであるHANAにどう乗り入れるかという戦略パートナーとしての協業も見据えて仕事をしていこうというところまで話をしている。マーケットを一気にひっくり返すための準備を粛々と進めていく」(是枝社長)という。また、SQL Anywhereはクラウド版を提供していることもあってか、是枝社長は「MJS製品のハイブリッドクラウド対応に向けた布石でもある」との見方も示す。
一方で、基幹系業務システムのソフトウェアという観点では、SAPジャパンとMJSに競合関係が成り立つのも確かだ。これについては、両社ともある程度の棲み分けを想定しているようだ。伊藤VPは、「ERPパッケージがSAPのメイン商材であることに変わりはないが、DBやBIツールなどのプラットフォーム製品をいろいろなかたちで提供できるようにして、中堅中小企業向けのIT市場にSAPを浸透させることがまずは重要。今回の包括的OEM契約はその一つのかたちであり、MJSとは、一緒に市場を拡大するかたちになるのが望ましい」と説明する。是枝社長も、「ERPパッケージはお客様が選択すればいい。SAPジャパンにとってはMJSと組むことでこれまで入り込めなかった市場のお客様との接点ができるだろうし、当社製品の競争力も強化されるわけで、双方にとってメリットがある」と強調する。
SAPは、もともとの主力であるERPパッケージでも、中堅企業向けの「SAP Business All in One」や、中小企業向けの「SAP Business One」といった商材をパートナー経由で訴求し、一定の成果を挙げてはいる。ただし、こうしたSMB向けのライトなERPをもってしても、「SAP製品は重厚長大でコストも高過ぎる」という市場のイメージを払拭したとは言い難く、拡販の阻害要因になっていることを否定できないのも事実。今回のMJSとの協業には、ERP以外の製品を浸透させることで、まずはSAP製品に対するそうしたイメージを払拭し、SMB市場の本格攻略に向けた足がかりにしたいという意図がある。
全国各地で狼煙を上げる
最終的にSAPジャパンが目指すのは、主力のERPの最新版である「S/4HANA」リリース時にも示した「デジタルトランスフォーメーション」の価値を、SMB市場にも訴求していくことだ。デジタルトランスフォーメーションとは、基幹系、情報系を含む企業内の既存の業務システムのみならず、ユーザー企業の外部とも連携できるITソリューションを提案し、ユーザーのビジネスをリアルタイムにデータを活用するモデルに変えるという考え方。つまり、ユーザー企業のビジネスモデル変革と成長そのものをITで支援するというわけだ。そして、デジタルトランスフォーメーションの浸透は、従来のSMB向けIT市場のパイの拡大につながるとみている。「例えばいまの年商が数十億円で、5年後には1000億円の売り上げを目指していて、そのために必要かつ5年後にも耐え得るシステムをつくろうということで投資をしていただくケースも出てきた。同じような考え方をもつ中堅中小企業の経営トップが着実に増えてきているという感触がある。HANAを共通のプラットフォームとして、クラウドにも対応したスケーラブルな提案ができるようになっていることがそうしたトレンドを強く後押ししている」(伊藤VP)。
SMB向けの提案は、100%パートナー経由で行うのがSAPジャパンの方針。昨年までは同社内の体制の問題もあり、東名阪の大都市圏の案件がほとんどだったが、今年からは全国にカバレッジを広げるべく、パートナー営業の人員も増強した。すでにディストリビュータではソフトバンク・コマース&サービスと協業しているし、地方のSIerやISVを新規パートナーとして積極的に開拓する動きをみせている。国産ERP・業務ソフトパッケージの有力販売パートナーである事務機メーカー系販社各社についても、新たな協業の可能性を模索しているという。伊藤VPは、「まずはところどころで狼煙を上げていく。SAPを扱ってみたらビジネスが伸びたというパートナーの事例が出てくると、多くのパートナーがSAPのビジネスで覚醒してくれると期待している。幅広いパートナー網の構築は進みつつあるので、地域ごとの基幹産業に注目したデジタルトランスフォーメーションの事例づくりなどを通じて、パートナーと一緒に市場を拡大する取り組みを進めたい」と力を込める。