SIerがAI(人工知能)を活用したシステム開発を意識し始めている。背景には、日本IBMがコグニティブ・テクノロジーの「IBM Watson(ワトソン)」の日本語版の提供開始が挙げられる。WatsonはSaaS型での提供となるため、扱いやすいことから、多くのSIerから注目されている。一方、日本の大手コンピュータメーカーもAIには古くから取り組んでいるが、エコシステム形成は進んでいない。自社ソリューションの一部というケースが多いためだが、今後はSIerとの連携も求められることになりそうだ。(安藤章司)
先行する自然言語処理や検索領域

TIS
油谷実紀
センター長 大手コンピュータメーカーが相次いでAIを重点領域に位置づけ、研究や製品開発に力を入れている。IBMのWatsonをはじめ、すでにパートナー向けに提供している商材も少なくなく、SIerはシステム開発におけるAIのあり方を模索し始めている。TISの油谷実紀・戦略技術センター長は、「AIはビッグデータ分析やIoT(Internet of Things)と相性がよく、これらのビジネスを拡張・発展させていくうえで重要な商材になる」と位置づけている。
では、SIerにとってのAI活用は具体的にどのようなケースが想定されるのか──。わかりやすいのが「フロントエンド処理系」である。非構造化データも含めた網羅的な検索エンジンと自然言語処理を組み合わせたイメージ。言葉を理解して記録したり、指示にもとづいた動作を起こしたりする仕組みは、企業向けのシステム構築においても十分に実用可能なレベルに達している。

NTTデータ
風間博之
センタ長 その一方で、エネルギーや交通、医療といった社会システムをAIによって自律的に制御し、コストの削減や安全性の向上に役立てる取り組みは、SIerの日々のビジネスとは、まだ少し距離がある印象は否めない。AI活用に詳しいNTTデータの風間博之・サービスイノベーションセンタ長は、「まずはフロントエンド系が動き出し、早い段階で基幹業務システムとの連携が進む。ビジネスとしてのボリュームが見込めるのは、やはり社会インフラ系や企業の基幹業務システムと密接に連携する領域」と指摘している。Watsonはまさに、フロントエンド系のAIエンジンである。
一方、国内大手コンピュータメーカーの商材を見渡してみると、NECや富士通、日立製作所、東芝のいずれもAIに取り組んでいる。NECはもち前の画像処理技術を生かした顔認証、富士通はAI技術を体系化した「Zinrai(ジンライ)」、日立製作所は強みのアルゴリズムを前面に押し出し、東芝はクラウド型の音声・映像認識「RECAIUS(リカイアス)」がAIの看板商材となっている。これらにはフロントエンド系もあるが、まだWatsonのようにPaaS型で提供するというかたちには至っていない。
国立情報学研究所が採用
国立情報学研究所(NII)は2月1日、研究部門「コグニティブ・イノベーションセンター」を新設した。名称から推測されるように、IBMの協力を得るかたちで、Watsonやクラウド型アプリケーション基盤「Bluemix」などのコグニティブ関連技術を利用し、AIをビジネスに適用する研究活動に取り組んでいる。コグニティブ・イノベーションセンターには、大手金融機関や製造業をはじめとする21社が参加を表明しており、参加企業のビジネスや業務にAIをどのように応用できるかを研究の主眼に置く。AIそのものの開発を手がける研究ではなく、AIの応用を研究するという視点から、「今回はIBMの技術を採り入れた」(石塚満・コグニティブ・イノベーションセンター長)としている。
IBMからみれば、メガバンクや大手製造業のユーザーに、IBM由来のコグニティブ技術を基盤とするシステムのあり方を研究してもらえる絶好のビジネスチャンス。NIIの研究の成果が、多くの企業に横展開されることが期待できる。
自然言語処理については、GoogleやApple、Facebookといったベンダーの研究も有名だが、IBMのように企業ユーザーに向けたシステム構築の商材として提供しているとは言い難い。どちらかといえば、各社のメインターゲットである個人消費者向けのサービスであり、SIerがシステム構築の部品として活用することは少ないだろう。その点でも、SIer向けにはWatsonが一歩リードしている。
現在のWatsonは、自然言語処理や音声認識がメインであることから、コンタクトセンターでの初期の切り分け業務や、両手がふさがっている現場作業などでの口頭での指示、それにもとづくレポートの作成といった用途が想定される。そのため、基幹システムでの活用は、まだ考えにくい。複数のSIerがWatsonのビジネスパートナーとして手を挙げているが、企業システムにどこまで組み込まれていくかは未知数だ。
ただ、「どこにどう適用していくかの応用力は、顧客に近いポジションにいるSIerが得意とする領域」とTISの油谷センター長が語るように、SIerに扱いやすい環境になっていれば、意外な活用方法が生まれる可能性がある。いずれにせよ、AIと企業システムの関係はまだ始まったばかりだ。