米IBMは2月15日から18日まで、米フロリダ州オーランドでパートナー向けイベント「IBM PartnerWorld Leadership Conference 2016」を開催した。“箱売りからの脱却”を訴えた過去2年に対し、今年は「コグニティブ・コンピューティング」を活用したビジネスがメインテーマ。CAMSSやコグニティブに取り組むことで、x86サーバー販売の消滅分を補うのみならず、顧客のビジネス変革を実現し、パートナーの収益性も高められるというのがIBMのメッセージだ。(取材・文/日高 彰)

オーランドでの開催は2011年以来5年ぶり。
世界82か国から約1500人のビジネスパートナーが参加したパートナー各社の変革進む

バージニア・ロメッティ会長・社長兼CEO 今回IBMは、「Leading Together in the Cognitive Era(コグニティブ時代をともにリードする)」をPartnerWorld Leadership Conference(PWLC)の全体テーマに掲げた。基調講演では、バージニア ・ロメッティ会長・社長兼CEOが「今のIBMは、『コグニティブソリューションとクラウドプラットフォームの会社』」と自社を定義するなど、会場はコグニティブ一色の展開となった。
IBMは近年、クラウド、アナリティクス、モバイル、ソーシャル、セキュリティの頭文字を取った「CAMSS」を戦略的成長分野と位置づけ、利益率の高いCAMSS領域でのビジネスに収益の柱をシフトする方針を推進してきたが、既存パートナーのビジネス転換も進んでいる。米IBM グローバル・ビジネス・パートナーズのマーク・デュパキエ・ゼネラル・マネージャーはPWLC 2016の冒頭、具体的な数値は出さなかったものの、15年はすべての四半期においてIBMのパートナービジネスは成長したと報告し、伝統的なパートナーの間でも、ソフトウェア製品やクラウドサービスの取り扱いが伸びているとの見方を示している。
ただ、IBMパートナー各社にとっての最大の関心は、CAMSSとその先にあるコグニティブ・コンピューティングが、本当に収益性の高いビジネスになるのかどうかだ。そこで今回のPWLCでは、パートナーがIBMのクラウドサービスやアナリティクス製品、「Watson」などを活用してつくり上げたソリューションの事例が多く紹介された。
事例で示すコグニティブビジネス

カンファレンス全体の
ホスト役を務めたマーク・デュパキエ
ゼネラル・マネージャー 高度なアナリティクスの成功例として大きく取り上げられたのが、ボストンに本拠地を置きビジネス・アナリティクスのサービスを提供している、米Ironsideによる公共安全向けソリューションだ。同社は、ニューハンプシャー州のマンチェスター市警察に、パトロール活動を最適化するための予測的分析ソリューションを納入した。
マンチェスター市では薬物中毒者による強盗や車上荒らしが問題となっていたが、IronsideはIBMのソフトウェア「SPSS」を用い、過去に犯罪が発生した場所や時間、気象条件などのデータを分析。次にいつ、どこで犯罪が発生する可能性が高いかの予測を可能にした。この予測分析にもとづいて警察官を配置したところ、現行犯逮捕率の向上、犯罪の未然防止といった効果が得られ、15年は前年に比べて強盗被害が12%、車上荒らしの被害が32%減少したという。導入後数か月で明確な効果が確認できたことから、現在は全米の他の警察当局からも引き合いがあるという。
顧客が大がかりなITインフラを所有しなくても高度な分析の恩恵を受けられるよう、現在はBluemix上で分析ソリューションを提供できる体制を整えている。同社のティム・クレイタックCEOは、「IBMのプラットフォームをベースとしながら、独自ソリューションのオーナーシップが得られることは、パートナーにとっての大きなメリットだ」と話している。
そのほか、法令準拠を強化しながら融資の収益性を向上させた銀行の米Zions Bank、リアルタイムでの公共バスの経路変更を可能にし運行コストを削減するイスラエルOptibusのサービスなどが、アナリティクスの成功事例として紹介された。
今後、分析対象となるデータ量はさらに増大し、動画などの非構造化データが占める割合も高くなる。ビジネスの意思決定に資する知見を得るため、それら大量のデータを人の手や目で分析するのは不可能になりつつある。また、分析結果を利用するのは情報システム部門ではなく、また経営層だけではない。営業や生産に携わる現場の従業員が活用して初めて、「アナリティクスがビジネスに破壊的な変革をもたらす」といえるほどの効果につながる。となると、専門的な分析スキルがなければ使えないシステムでは意味がない。IBMが、単なるアナリティクスではなく、非構造化データや自然言語を理解し、求める答えを対話形式で引き出せるコグニティブ・コンピューティングを目指すのはこのためだ。

セキュリティ機能を強化したメインフレームの新製品「z13s」を会期中に発表
Power Systemの上位機種も会場に展示。
内部がみえる状態での出展は珍しいという機能はクラウドで提供 データは最適な場所に

米Ironside
ティム・
クレイタックCEO 今回のPWLCでは、IBMがクラウドに積極的な投資を行っていることもあらためて強調された。すでに多くのパートナーが「SoftLayer」や「Bluemix」を利用して独自のソリューションを提供しているが、IBMがこの場でクラウドを大きなトピックにしたのは、パブリッククラウドの拡販を訴えるというよりも、プライベートクラウドやオンプレミスのシステムと接続し、「ハイブリッドクラウド」を構築する道具を揃えていることをアピールするためにみえた。
SoE(System of Engagement)と呼ばれるような、ビジネスに価値を生むシステムの実現のためには、基幹システムに蓄積された経営情報、監視カメラの映像やコールセンターの通話記録、ソーシャルメディアなどクラウド上の情報、外部のデータプロバイダからの情報などを横断的に分析する必要があるが、セキュリティ上、外部のシステムに移せないデータもあるし、すでに行ってきたIT投資を無駄にはできないため、既存システムの改変は最小限に抑えたい。データを加工・分析するための機能はクラウドから提供するとしても、データそのものの置き場所は適材適所の形をとるのが自然だ。
IBMはプライベートクラウドの構築や、クラウド間の連携を実現するための製品として、「PureApplication」や、昨年買収したBlue Boxなどの製品を有している。また、昨年はオブジェクトストレージのCleversafeも買収し、ハイブリッド環境における統合的なデータ管理を実現するための基盤も手にした。今年1月にはライブ動画配信のUstreamを傘下に収めることを発表するなど、クラウドで提供できる動画関連機能にも一層の充実を図っている。
IBMの狙いは、ハイブリッドクラウドを実現するための製品を全方位的に揃えることで、IBMクラウドとの多様な接点をパートナーに提供することだ。伝統的なIBMパートナーは基幹系システムのクラウド対応など、逆に新しいパートナーは自社のウェブサービスに最新のコグニティブ技術を組み合わせるといった具合に、パートナー各社が得意とするそれぞれの領域から、IBMのクラウドを活用したビジネスに参画してもらおうとしている。
コグニティブの普及でハードウェアも伸びる

キャスリン・グアリーニ
バイスプレジデント CAMSSやコグニティブ・コンピューティングへシフトするIBMだが、決してハードウェアのビジネスを捨てるという意味ではない。PWLC期間中も新製品を発表するなど、むしろ領域によってはさらにハードウェアへの投資を加速している。
最も重要な新製品は、メインフレームの「z13s」。メモリ容量やI/O帯域といった基本性能の向上に加え、暗号/復号処理の高速化機能を統合。ハイブリッドクラウド環境では、メインフレームがサイバー攻撃の脅威にさらされる可能性も高まるため、セキュリティ機能にとくに強化を図った。z Systems & LinuxONEオファリング・マネジメント担当のキャスリン・グアリーニ・バイスプレジデントは、「暗号化によるデータ保護、多要素認証による厳格なID管理、モニタリングと学習によるセキュリティインテリジェンス、これら3点でメインフレームのセキュリティを高めた」と説明する。
IBMはメインフレームと同じハードウェアをLinux専用サーバーに仕立て、従量課金制で提供するサービス「LinuxONE」も手がけており、Linux環境でありながらメインフレーム同様の性能や信頼性を享受できる環境を提供している。LinuxONEは昨年夏に提供が開始されたが、英国気象庁に採用されるなど大規模ユーザーの獲得も始まっている。グアリーニ・バイスプレジデントは、新しい顧客へのメインフレームの提案と、Linuxエコシステムの発展の両方に寄与するものとしてLinuxONEをアピールする。

キャリスタ・レッドモンド・ディレクター(左)と英Canonicalのジョン・ザノス・バイスプレジデント また、IBMはx86サーバー事業を手放す一方、POWERアーキテクチャの技術を開発コミュニティのOpenPOWERファウンデーションに公開し、POWERアーキテクチャ版「ホワイトボックスサーバー」市場の形成を目指している。OpenPOWER グローバル・アライアンス担当のキャリスタ・レッドモンド・ディレクターは「ビッグデータ分析、ディープラーニングや可視化などで、POWERアーキテクチャは高い価格性能比を提供できる」と述べ、コグニティブ・コンピューティングの普及により、POWERがx86から奪えるワークロードが拡大するとの見通しを示す。
POWERアーキテクチャのサーバーでも、IBM i(旧AS/400)やAIXに加え、Linuxをサポートすることの重要性が高まっている。14年、Ubuntuの開発を支えている英CanonicalがOpenPOWERファウンデーションに加わり、POWERに対応するLinuxのサポートが強化された。これにより、x86/POWER/z(メインフレーム)の各プラットフォームで、開発者はLinuxという共通の環境を利用することができる。Canonicalでクラウド・チャネル&アライアンスを担当するジョン・ザノス・バイスプレジデントは、「POWERアーキテクチャを扱うことで、顧客に異なる選択肢を提供し、新しいビジネス領域が得られる」と指摘。IBMパートナーはコグニティブ時代においてx86以外の選択肢を提供することで、サーバー製品のコモディティ化に巻き込まれるのを回避できるという考え方だ。
一昨年および昨年のPWLCで、IBMは「箱売りからCAMSSへ」の変革の必要性を説き、新しいビジネスに取り組むことでパートナー各社もIT市場における競争力を高めることができると主張していた。
そのメッセージを2年間、発し続けたことでパートナーの姿も変わってきた。有り体にいえば、この2年で新しいIBMの戦略に賛同するパートナーの“選別”が進んだ格好だ。今年のPWLCは、「IBMについてきてくれるパートナー」に対して、IBMはどんな収益拡大のチャンスを提供できるかを提示する、ショーケースの役割を果たしたといえるだろう。