日本事務器(田中啓一社長)は4月1日、東南アジアの活動拠点としてシンガポールに駐在員事務所を開設した。当面は日系企業のアジア進出を支援するが、3年後にシンガポールで法人格を取得し、日系の海外拠点だけでなくローカル企業へ販売活動を本格化する。基本的にアジアでは、日本国内で展開するハードウェアを現地の流通経由で仕入れ導入する物販を視野に入れていない。クラウドなどを利用し、日本本社と海外拠点を連携するソリューションを主に展開。ローカル企業には、各国デファクトのアプリケーションなど、顧客の要望を受け販売する計画だ。東南アジアに進出する大手システムインテグレータ(SIer)は数多くある。しかし、安定した収益を確保できているベンダーの成功例は少ない。法人格を得るまでの3年間、後発の同社がアジア事業をどう構築するか注目だ。(取材・文/谷畑 良胤)
海外拠点のExcel利用をクラウドに

グローバル展開を語る
日本事務器の田中啓一社長 4月19日には、シンガポールの中心街にあるレンタルオフィスの駐在員事務所で開所式を行い、海外進出したことを社外にアピールした。同事務所は「技術情報収集拠点」と称し、当面、東南アジア全域をリサーチする役目をもつ。桝谷哲司首席が着任(常駐)して、同社の既存顧客が多く進出するタイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンの順で重点的に巡回し情報収集を開始した。同事務所の人員は、数か月で3~4人体制にして調査活動を活発化する予定だ。
同社では2013年に海外進出に向けた調査を開始。15年4月に「海外準備室」を設置した。15年末に政府から設置許可が下り今年4月に拠点を構えた。ここ数年で自社の顧客を含め、日本企業のグローバル化が進んだ。こうした企業に対するアジアを中心にした海外進出に際してのIT支援ができなかったことで、「機会損失している」という危機感が田中社長を動かした。
同社はITシステムのすべてを提供する「ICTトータルソリューション」を標榜し、競合他社に優位性を保ってきた。日本国内では、既存顧客のうち部品組立や食品加工など製造業に導入実績が多くある。こうした有力顧客の海外進出が目覚ましいなかで、「海外進出に際して相談されることがあまりなかった」(田中社長)と、個別対応で海外進出の支援した例はあるが、顧客の海外展開では“蚊帳の外”に置かれていた。加えて、クラウドを選択する顧客が増え、テクノロジーも枯れてきたため、海外拠点でリソースをかけず短期導入するスキームが描けた。
今後現地での調査を踏まえ事業計画を策定する。3年後に法人格の許認可を得るには、1年半後に事業計画をシンガポール政府に提出する必要がある。現段階で今回の拠点設置から中期的・長期的にどう構想が描かれているのか。

シンガポール中心街のレンタルオフィスに構えた駐在員事務所には、
4人まで執務ができるスペースを確保した
田中社長は、日本国内で行っている顧客に要件定義を出しハードやソフトウェアなどを組み立て構築し数か月後に導入する、という日本式の手法はつくりにくいとみている。当面、日本国内の日系企業が海外進出する際のIT支援を主に展開する計画だが、顧客の海外拠点に日本国内と同等のシステムを導入することはコスト面や開発リソースなどの面で困難さが伴う。そこで、日本本社の基幹システムとデータ・マスター連携をするために、海外拠点側でクラウドなどを活用し、全社の生産と業務の効率化を提案する。
海外進出する日系企業の多くは、マイクロソフトの「Excel」が使われていたり、現地で販売している安価なソフトを活用したりと、専用の基幹システムを導入していないため、日本本社のシステムと互換性がないケースが多い。日本本社への実績数値などのデータは、Excelなどで作成し提出するが、海外拠点での入力の手間があり、本社からすると報告にタイムラグが発生する。
技術調査を経て、順次エンジニアを配置
同社には、基幹システムのノウハウだけでなく、セールスフォース・ドットコムやグーグルなどクラウドの導入実績やノウハウがある。田中社長は、「クラウドを使って解決する方法が、もっともシンプルで使いやすく、導入も早い」と、日本国内で展開するクライアント/サーバー(C/S)型の導入より効果的と話す。桝谷首席も、「日本本社とのリレーションが不足し、海外拠点が全社の情報から孤立している」と、情報系システムを使った情報共有関連のシステムのニーズを感じている。
ただ、クラウド展開には各国の規制が存在する。例えば、インドネシアで電子商取引(EC)サイトを展開する場合、現地データセンターからサービスを行う必要がある。シンガポールの駐在員事務所を「技術情報収集拠点」としているのは、各国のネットワーク環境やクラウド使用の条件など、技術面のリサーチをすることが重要と考えているからだ。田中社長は、「トータルでソリューションができると標榜している以上、システム、ネットワーク、セキュリティなどの各専門エンジニアを現地に配置する必要がある。調査では、どの国にどの程度のエンジニアを配置すべきか、指標をつくり順次配置していく」と話す。
将来的に同社は、海外の日系企業だけでなく、現地のローカル企業向けに事業を拡大することをねらう。法人格を得るまでにローカル企業にシステム提供できる目算も立てるが、現地で好まれるアプリは何か、どういう流通経路で販売しているのか、インセンティブはなど、実態把握まで時間がかかる。ただ、日系のSIerが多く進出し、先行する成功・失敗事例の経験則がある。こうした情報を収集し、改善を加えた事業計画を立てて、現地のチャネルを探し密に連携できれば、後発である強みを生かし先行例を参考に短期間で収益を確保する戦略は描けるだろう。
顧客の海外展開を支援できることで、いままでの機会損失を補い、日本国内の実績が高まることは容易に想像できる。同社の顧客の半数近くが海外進出しているためだ。日本企業の海外進出先はアジアに限らない。製造業だけでなくサービス業などを相手にした場合、欧米も視野に入れる必要がある。機会損失していた分を余剰金として、アジア進出で失うコストを補い、海外展開の道筋がつくれるか、当面辛抱が続く。