米ネットスイート(ザック・ネルソンCEO)は、5月16日から19日までの4日間、米サンノゼで年次プライベートイベント「SuiteWorld 2016」を開いた(『週刊BCN』1631号2面で既報)。クラウドERPのパイオニアとしての独自の立ち位置を他ベンダーとの大きな差異化要因としてマーケットに訴求してきた同社だが、基幹系システムの領域でもクラウド化の動きが本格化しつつある。独SAPや米オラクルをはじめとする既存の大手ERPベンダーも、クラウドへのニーズを踏まえ、新しいアーキテクチャでつくり直した次世代ERPともいうべき製品を世に出している。こうした市場環境の変化にネットスイートはどう向き合うのか。SuiteWorld 2016期間中、ザック・ネルソンCEOと創業者であるエバン・ゴールドバーグ会長兼CTOの両トップが日本メディアのインタビューに応じた。(取材・文/本多和幸)
ザック・ネルソンCEO インタビュー
20年の時を経て時代がようやく追いついた
●クラウドERP市場の盛り上がりを歓迎
ユーザーも“心臓”に手を入れるタイミング──日本では、ERPが企業に導入され始めて20年ほどが経過した。現在のERP市場をどうみるか。ネルソン 基幹システムは企業にとって心臓と同じで、元気なときは絶対にいじらないものだが、ERPが使われ始めてからおよそ20年が経過した現在、具合が悪くなって心臓に手を入れる必要が出てきたと感じるユーザーが増えている。既存のERPシステムがデザインされた時代とは、ビジネスのやり方もまったく違ってきているのだ。
古いERPシステムはインターネットが生まれる前につくられたシステムなので、オンラインでビジネスの施策を実行する機能がない。だからこそ、ネットスイートのような新しいクラウドベースのビジネスプラットフォームが、非クラウド型のプラットフォームをリプレースしていく時代が始まったといえる。また、スタートアップ企業がネットスイートを活用して成長するという事例も出てきて、そうしたビジネスを成功させるためのモデルケースが保守的な大企業にも影響を与えている。
──ただ、ネットスイートが旧来型ERPベンダーと呼ぶSAPもオラクルも、クラウド時代に合わせて新しいアーキテクチャの次世代型製品を出してきている。“クラウド”だけではネットスイートの優位性が確保できなくなってきているのでは?ネルソン アプリケーション関係のプロダクトをモダンなアーキテクチャに対応させたという意味では、オラクルはSAPよりもうまくやったと思う。
SAPはいろいろなメッセージを出しているが、私にはしっくりこない。彼らは、ERPのアプリケーションの話をしていても、いつの間にかデータベースソフト(SAP HANA)の話も一括りにしてしまう。データベースを(HANAに)変えることは、アプリケーションをクラウド化させることとはまったく違う次元の話(SAPの新しいERPであるS/4HANAはデータベースがHANAに限定される)。だから私はSAPに関して、ERPをクラウドベースにつくりかえたとはみなしていない。まあ、そうはいっても、彼らがクラウドERPをつくったと喧伝して市場が盛り上がれば、それは当社にとってもいいことだが。
●20年分の開発が集約されている──マイクロソフトのDynamics AXもAzureネイティブになってクラウド化している。彼らのマーケティングやセールスの力だって侮れないのでは?ネルソン みんながネットスイートを脅してくれる(笑)。マイクロソフトの戦略として、ERPのような複雑なビジネスアプリケーションを主力製品とは考えていないだろう。マイクロソフトは確かにクラウドへのシフトを進めているが、Office 365、Azureとやってきて、ERPはまだまだリストの下のほうにある。私は、サティア・ナデラ(米マイクロソフトCEO)が本当にDynamics ERPを重視しているとは思っていない。
ERPの機能は複雑であり、つくり上げるには長い時間がかかる。ネットスイートはそれをクラウドで20年以上やってきた。以前は、ミッションクリティカルで複雑なワークロードを誰もクラウドなんかでは動かさないと多くの人が断言していた。いま20年の眠りから覚めた他のERPベンダーがクラウド上にERPの未来があるというのなら、それはネットスイートを褒め称えているのと同じことで、うれしいことだ。
──クラウドERPに特化してきたことで、現在のERP市場においてネットスイートにはどんなアドバンテージがあるのか。ネルソン 開発自体がクラウド上で行われているので、20年分の開発が一本のコードベースのなかに集約されている。SAPやオラクルはたくさんのプロダクトのなかにそうした蓄積が分散してしまっている。
──クラウドの浸透に伴う顧客層の変化などはあるか。ネルソン もともと中堅・中小企業のマーケットは強みを発揮してきた領域だが、大企業でも、旧来のERPを残しつつ、スピードやアジリティが必要なところにネットスイートを採用する二層ERPのトレンドが目立つ。これをきっかけに、大企業で全面的にネットスイートを採用するようなマイグレーションのビジネスも徐々に拡大していくと考えている。
──SuiteWorld 2016の会場にはパートナーの展示も多いが、パートナーのエコシステムの現状についてはどう評価するか。ネルソン とくに中堅・中小企業のマーケットについては、中規模なVARが販路を押さえているのは日本を含むグローバルの市場で同じだと認識している。これまで、クラウドベースのアプリケーションは彼らのビジネスモデルとあまりマッチしていなかったのは確かだが、ネットスイートとしても、彼らにビジネスモデルの移行を働きかける努力をしてきた。顧客のライセンス更新時も、売り上げのかなりの部分をパートナーに還元している。もはや、どの国のどの顧客も、オンプレミスでシステムをアップグレードしたいという企業はないだろう。チャネル側も、ネットスイートのような製品を取り扱っていなければ生き残りが難しい時代になっていると思う。

エバン・ゴールドバーグ会長兼CTO インタビュー
プラットフォームこそ開発者としての誇り
●顧客のビジネスの変化に対応するERPを実現
あくまでもERPの拡張までが守備範囲──SuiteWorld 2016のあなたの基調講演では、アプリケーションそのものよりも、開発プラットフォームの「SuiteCloudプラットフォーム」に注力し、顧客のビジネスの変化に合わせた機能を継続的に開発・提供していける仕組みをつくったことこそがネットスイートの強みだという話が印象的だった。ゴールドバーグ せっかくすばらしいプラットフォームがあるのに、これまではネットスイートのセールスポイントとしてそれほどフォーカスしてこなかったという反省があった。セールスフォース・ドットコム(SFDC)がうまくやったように、ネットスイートのプラットフォームがすぐれていることを強くマーケットに訴求しようと考えている。
──PaaSベンダーとしてのビジネスをやっていこうということなのか。ゴールドバーグ それは違う。SFDCやマイクロソフトは汎用的なプラットフォームをクラウドで提供しているが、私たちのプラットフォームは、既存のネットスイートのソリューションを拡張するという目的に特化したものだ。当社のプラットフォームは非常にパワフルではあるので、もしかしてほかの商用アプリケーションの拡張にも使えるのではと思う人もいるかもしれないが、それは明確に守備範囲外だ。
なぜそういう戦略を採っているかというと、ネットスイートのシステムはユーザーのビジネスプロセスをすべて網羅していて、汎用プラットフォームで別のアプリケーションをつくる必要がないから。しかし、例えばSFDCは、エンタープライズのコアの部分であるSoR(Systems of Record)をカバーしていないので、そうしたアプローチはできない。
SuiteCloudプラットフォームは、ネットスイートが提供している技術のなかでもとくに自信作だ。私はネットスイートを創業した当初、会計ソフトの経験も、クラウドの経験もなかった。しかし、オラクル、そしてその前に所属していた会社で、アプリケーション開発用ツールをつくる経験をしていた。これを生かして、自分がプログラマとしてこれだけのプラットフォームをつくったということは、非常に誇りに思っている。われわれのビジョンは、お客様のビジネスがトランスフォーメーションするお手伝いをすること。そして、お客様のビジネスはとても早く変化する。私たちの製品にも、それをキャッチアップできる柔軟性が必要で、SuiteCloudプラットフォームがその機能を担っている。また、パートナーや私たち自身が、ERPにバーティカルな機能をスピーディに実装していくことも大いに助けてくれる。
●オラクルと真っ向から戦うことはない──ところで、SAPをはじめとする既存の大手ERPベンダーに対しては、あなたもネルソンCEOも厳しい発言が多いが、オラクルについては具体的な批判はあまり聞かれない。もともとオラクルの創業者であるラリー・エリソン会長兼CTOがネットスイートの共同創業者であり、あなたもネルソンCEOもオラクル出身ということを考えればオラクルとの距離の近さは理解できる。ただし、近年のクラウドERPへの注力度合いを考えれば、むしろSAPよりもオラクルのほうがネットスイートの脅威では?ゴールドバーグ オラクルとネットスイートは、戦っているフィールドが違う。オラクルは、ハイエンドの超大企業向けシステムを手がけているが、ネットスイートのコアビジネスはあくまでも中堅・中小企業向けの市場。具体的には、売り上げが10億ドルから30億ドル規模の企業がコアユーザーだと規定している。もちろん、ありがたいことにネットスイートが効果を発揮してビジネスが成長していくユーザー企業もあるので、結果として大企業で使ってもらっているケースもあるわけだが。いずれにしても、オラクルと真っ向から戦うということはない。
そもそも、業務プロセスを自動化してクラウドで運用していくというビジネスはまだまだ黎明期であり、市場開拓の余地は大きい。お互いに違う軸でビジネスを伸ばしていこうとしているのがオラクルとネットスイートの関係だ。

SuiteWorld 2016フラッシュ
●三つの新製品を発表
基調講演に登壇したネルソンCEOは、「2015年12月期の売上高は7億4100万ドルで、前期比33%の増収。今期の売上高予測は9億6700万ドルで、10億ドルに届こうとしている。米ガートナーの調査によれば、ネットスイートの市場シェアも、14年に8位だったのが、15年は6位にランクアップしている。さらに、シェア伸び率は45%と他社を圧倒。ちなみにSAPはマイナス12%だ」として、自社の好調ぶりをアピール。恒例となったトップベンダーのSAPに対する口撃も健在だった。
また、新製品として、オムニチャネルの受注や配送を自動で効率化する「Intelligent Order Management」、多様なビジネスモデルに対応する課金システム「SuiteBilling」、多言語多通貨対応のグローバルビジネス向けアプリケーションスイート「OneWorld」の最新版「OneWorld 16」を発表した。