日本オラクル(杉原博茂社長)は、基幹系システム領域のクラウド化で大きな強みを発揮できる製品・サービスを市場に訴求してきたが、SaaSビジネスでもクラウドERPパッケージ「Oracle ERP Cloud」の拡販に注力する姿勢を鮮明にしている。しかし、従来のERPビジネスとはビジネスモデルが異なることから、とくに既存パートナーの間では、積極的にERP Cloudを顧客に提案しようという気運が高まっていないのも事実だ。本格的なクラウドビジネスの成長に向け、先進パートナーの導入事例を広く水平展開することでこの課題を解決し、パートナーエコシステムを活性化したい考えだ。(本多和幸)
「POCOコンテスト」最優秀賞はERP Cludの案件

日本オラクル
杉原博茂
社長 米オラクルは今年2月、クラウドに特化した新しいパートナープログラムを全世界でほぼ一斉に立ち上げた。日本オラクルは同時に、2017年5月期までをめどに、この新しいプログラムのもと、500社のクラウドパートナーを整備する構想も明らかにしている。ただ、この500社のうち300社は既存のオラクルパートナーが占める計画でもあり、既存パートナーのビジネスモデル変革も支援、促進していく必要があるといえよう。
日本オラクルはそのための重要施策の一つとして、「POCO(The Power of Cloud by Oracle)コンテスト」を開催している。これは、オラクルのクラウド商材導入の先進事例をコンテスト形式で評価して、導入を担当したパートナーを表彰するもので、日本オラクルは7月7日、パートナーとクラウド戦略を共有するためのイベント「Oracle PartnerNetwork(OPN) Cloud Summit 2016」を都内で開き、第2回POCOコンテストの結果発表と表彰式を行った。ここで最優秀賞を獲得したのが、中本・アンド・アソシエイツのERPクラウド受注案件だ。

第2回POCOコンテストの最優秀賞を獲得した中本・アンド・アソシエイツ。中本映子・代表取締役プロジェクトディレクター(中央)が日本オラクル・杉原社長からトロフィーを受け取る
ユーザーは、おこわ専門店の米八で、百貨店食品売り場、高速道路のサービスエリアなど全国104店舗を展開し、従業員は850人規模の企業だ。各店舗の店長は、おこわづくりに長年携わってきたいわゆる“職人”であり、これまでの勘と経験をもとに日々の品揃えや仕入れを差配していたが、ERP Cloudを導入して、店舗ごとの売り上げや管理損益、販売構成比、商品別製造数量とロス率を可視化して多軸分析ができるようにし、迅速な経営判断と社内全体のオペレーション最適化を実現するためのシステム基盤を整備したという。
また、全店舗にモバイル端末を配布し、各店長などが他店舗の売上状況や在庫、利益の推移などをリアルタイムに知ることができるしくみも整え、店舗間の競争意識を高めたほか、ERP Cloudに含まれる社内情報共有ツール「Oracle Social Network」も活用し、陳列、盛り付けなどのアイデアや成功事例を店舗間で共有できるようにした。
アドオン、カスタマイズから脱却したビジネスモデルを
本稼働までにかかった時間は3か月弱で、中本・アンド・アソシエイツが開発した部品は10帳票、8グラフのみ、作業の総量は2人月程度だったという。また、ユーザー側へのトレーニングも、コアメンバーに半日程度施したのみで、ほぼゼロトレーニングで稼働した。現段階はプロジェクトの途中であり、次の段階として財務会計モジュールの導入も視野に入れるが、まずは財務会計などのいわゆる基幹システム領域ではなく、各店舗のフロントシステムとしての機能をクラウドERPを使って実現したかたちである。それでも、このスピード感と手軽さは際立っているという印象だ。
日本オラクルの杉原社長は、OPN Cloud Summit 2016の基調講演に登壇し、SaaS領域ではERP Cloudのビジネスをとくに重点的に伸ばしていく方針であることを明言した。さらに、POCOコンテストの表彰にあたっては、「米八のERP Cloud導入事例は、クラウドならではの新しいERPビジネスの一つのモデルケース」と、中本・アンド・アソシエイツを高く評価した。

ERPクラウドの導入にチャレンジした中本・アンド・アソシエイツのプロジェクトメンバーは若手を中心に構成された
中本・アンド・アソシエイツは、会計事務所の情報システム部門が独立し、オラクルのERP製品である「E-Business Suite(EBS)」や「JD Edwards EnterpriseOne(JDE)」の導入で豊富な実績がある。しかし今回の案件は、モバイル対応を前提としたフロント系の機能実装を最初の基点とした、いわばERP導入のスモールスタートという新しいチャレンジだった。プロジェクトのメンバーも、同社のこれまでのERP導入支援プロジェクトのなかでもっとも若いメンバー構成にし、ERP Cloudの製品、技術情報のキャッチアップから顧客とのコミュニケーションまで、既存のERPビジネスにとらわれない手法を模索した。
同社の中本映子・代表取締役プロジェクトディレクターは、ERP Cloudについて、「顧客の対象を拡大し、新しいERPビジネスの世界を開拓できる」商材だと感じているようだ。そのうえで、次のように説明する。「EBS、JDEもそうだが、従来のERPビジネスには、やはりカスタマイズ、アドオンで利益を得てきた側面がある。だから、コンフィギュレーションで個別のニーズに対応し、カスタマイズやアドオン開発がビジネスの中心にならないクラウドERPの提案には多くのSIerが消極的になっている。一方でERP Cloudは、それゆえに従来のERPの顧客よりも予算規模が小さいところでも導入できるという側面がある。これまで培ってきたデータの分析・活用方法のノウハウを生かせば、少ない工数でお客様にメリットを感じてもらえる提案ができるという手応えを感じていて、当社のビジネスの成長という観点でも非常に高いポテンシャルがあると思っている」。
日本オラクルが中本・アンド・アソシエイツを第2回POCOコンテストの最優秀賞に選んだ背景には、この事例をより多くのパートナーに周知し、ERPビジネスを手がける既存のパートナーにも、ERP Cloudの積極的な提案を促したいという思惑がありそうだ。