【ラスベガス発】米アマゾン ウェブ サービス(AWS、アンディ・ジャシーCEO)は、米ラスベガスで11月26日から30日までの5日間、年次イベント「AWS re:Invent 2018」を開催した。同社にとっての一大イベントであるこのタイミングに合わせて膨大な数の新サービスや新機能を発表する光景はもはやお馴染みになったが、従来以上に競合ベンダーと比べた優位性に言及する場面が目立った。AWSのポートフォリオは、深く、広く、全方位に拡大している。さまざまなレイヤーでサービスの機能向上とコストの最適化を図るためのイノベーションに、貪欲に取り組むAWSの凄みを改めて感じさせる機会になったと言えそうだ。(本多和幸)
競合を意識した差別化のメッセージが強まる
イノベーションの幅広さとスピードに絶対の自信
AWSが市場創出・市場開拓をけん引してきたクラウドは、もはや企業向けITの選択肢として当たり前になりつつある。インフラやプラットフォームの領域を中心にクラウド市場のトップベンダーとして君臨してきたAWSは、他社に先行して市場投入した豊富なサービス群が差別化要因となり開発者の心をつかみ、顧客基盤を拡大してきた。圧倒的なシェアは、ユーザーのニーズを的確に把握することにもつながり、それを次のイノベーションにつなげる成長のサイクルを確立しつつある。一方で、競合のクラウドベンダーは、AWSの牙城を何とか崩そうとサービスラインアップの強化に勤しんでいる。それでも、「AWSのイノベーションの幅広さとスピードについてこられるベンダーはいない。むしろ、差は開く一方だ」と米AWSエンタープライズサービスマーケティング担当ゼネラルマネージャーのイーロン・ケリー氏は強調する。
アンディ・ジャシー CEO
re:Invent 2018で基調講演に登壇したジャシーCEOも、AWSがコモディティー化とは無縁の存在であることを強くアピールした。「AWSの社員が(本社のある)シアトルから出張の飛行機に乗ったところ、とある競合ベンダーの社員と隣同士になった。その競合の社員は役員向けのプレゼン資料を隣の席から丸見えな状態でPCを開いて表示していたという(笑)。そこには、AWSのサービスを全てチェックして、とにかく名目上のサービス数で追いつけるようにすべきと書いてあった。アナリストがチェックボックスを埋められるようにと。短期的なマーケティングはそれでうまくいくかもしれないが、ユーザーや開発者はそれでは満足しない。一見AWSと同じような機能を他のベンダーが取りそろえたとしても、ケイパビリティーの深さが違う」。
これは米アマゾンと同じくシアトルに本社を置き、クラウド市場ではAWSと唯一競合し得る存在と目されることも多くなったマイクロソフトを念頭に置いたものだろう。エピソード自体が事実かどうかはともかく、AWSはこれまで、圧倒的なトップベンダーとしての余裕の表れだったのか、競合に対しては一部の例外を除きコメントしない傾向があった(AWSに対して辛口コメントを繰り返す米オラクルのラリー・エリソン会長兼CTOに対してだけはしばしば皮肉を返すことがあった)し、PRの方針は現在もそう統一されている。しかしre:Invent 2018では、攻勢を強める競合が追い上げムードを演出しているのに対して、AWS視点での“事実”を市場に説明した上であらゆる領域に差別化のための開発投資を行い、覇権を揺るぎないものにするという意思が感じられた。
ハードウェア設置型のハイブリッドクラウド基盤も発表
ジャシーCEOの発言からもうかがえるように、AWSのイノベーションは、単にサービスのラインアップを増やすというところにとどまらず、「広く、深く」拡大していると言えよう。re:Invent 2018での数多くの新発表にもその傾向は如実に表れていた。例えば、ARMベースのプロセッサー「AWS Graviton」を独自開発し、これを搭載した従来比でスケールアウト型ワークロードのコストを45%削減できる「Amazon EC2 A1インスタンス」の提供を開始したと発表した(1754号で既報)。M&Aで必要なピースを入手した上で、ニーズに基づき、自らのサービスの選択肢を広げるための開発をプロセッサーレベルで行った。このほか、日米間を含む複数の海底ケーブル敷設プロジェクトの参画や、ネットワークのパフォーマンスや可用性の向上への投資、技術開発も積極的に行っていることを紹介。また、機械学習については特に多くの新発表があり、ジャシーCEOの基調講演でも長い時間を割いて解説した。ここでの新発表も、EC2インスタンスでGPUにより推論を高速化するサービスからカスタム設計の機械学習推論チップ、機械学習のフルマネージドサービスの進化、Amazon.comで使用している技術を外部解放するレコメンデーションサービスまで、まさに「広く、深く」網羅した印象だ。
また、ハイブリッドクラウドの基盤となるサービスとして、ハードウェア設置型のクラウドサービス「AWS Outposts」を2019年後半にリリースすると発表したことも大きなトピックと言えよう。文字通り、AWSのクラウドサービスで使っているハードウェアとクラウドサービスの機能を提供する。各種ソフトウェアのインストールやハードウェアの保守はAWSが行うフルマネージドサービスで、ビジネスモデルとしてはオラクルの「Cloud at Customer」に近い。サービスメニューとしては、「VMware Cloud on AWS」の機能を提供する「VMware Cloud for AWS Outposts」と、AWS自身のサービスを提供する「AWSネイティブバリアント」を用意する。AWSネイティブバリアントは、EC2とEC2向けデータストレージのEBSから提供を開始し、随時サービスを拡張していく計画だ。ジャシーCEOは、「AWSとオンプレミスをシームレスにつなぐ真のハイブリッドクラウド基盤だ」と胸を張った。
Windowsユーザーへのアピールやオラクル狙い撃ちも
Windowsのファイルシステムとの互換性を備えた共有ファイルストレージ「Amazon FSx for Windows Server」も発表し、Windows環境のユーザーをAWS上に取り込む姿勢を鮮明にした。
ワーナー・ヴォゲルス CTO
また、オラクルに対してはジャシーCEOの基調講演で言及した(週刊BCN+で12月1日に既報)だけでなく、ワーナー・ヴォゲルスCTOの基調講演でも強く批判したのが印象的だ。ヴォゲルスCTOは、アマゾンのインフラ開発の歴史を振り返り、「最悪の日は2004年12月12日。クリスマス商戦真っ只中にECのシステムがオラクルのRDBのトラブルによりダウンした。これが、90年代の古いDBの構造から逃れるためのAmazon Aurora(AWSのRDBサービス)開発につながった。最高の日は18年11月1日で、Oracle DatabaseによるDWHを止め、Amazon Redshift(AWSのDWH)に完全に移行した日だ」と言い切った。オラクルはDBのトップベンダーの強みを生かしてクラウドビジネスを成長させようとしているが、AWSは自社の競合サービスの価値を強くアピールしたかたちだ。ここでも全方位でエンタープライズITの市場を刈り取っていく方針の一端をうかがわせた。