2012年から13年にかけて、freeeやマネーフォワードが登場し、老舗ベンダーによる寡占化が進んでいたSMB向けの基幹業務ソフト市場に新しい波が起こり始めた。その後、マネーフォワードが17年9月に東京証券取引所マザーズ市場に新規上場。そしてついにfreeeも12月17日に東証マザーズに株式上場する。クラウド会計の新興ベンダーと呼ばれた彼らのビジネスが新しいフェーズに入るとともに、市場も流動性が増していく気配がある。(本多和幸)
freee佐々木大輔代表取締役
freeeの19年6月期売上高は45億円、営業損失28億円
freeeの東証マザーズへの新規上場が承認された。同社の佐々木大輔取締役は週刊BCNの約1年前の取材で、上場について「長い期間未上場でいられるほうが事業には集中できるので、なるべく未上場の期間を長くとって事業の成長にフォーカスしたいという方針でやっている」とコメントしていた。
一方で、「資金調達の選択肢として排除はしない」とも語り、「株主の数が増えてくると未上場であることのコストも上がってくる。上場か未上場か、どちらが自分たちにとっていいのか考えるべきタイミングにはきているので、上場も選択肢として持てるようにしておこうとは考えている」としていた。freeeの資金調達額の合計は160億円を超えているが、さらなる資金調達をスムーズに行っていくための判断ということになるのか。同社は今後の経営方針などについては上場時に改めて詳細を発表する予定だが、佐々木代表取締役が語る上場の真意に注目が集まる。
上場承認にあたって、同社の財務内容が明らかになったのも大きなトピックだ。直近である19年6月期の売上高は45億1695万円、営業損失は28億3067万円。さらに遡ると、18年6月期は売上高24億1491万円、営業損失34億1344万円、17年6月期は売上高12億214万円、営業損失22億652万円となっている。売上高を上回る営業損失を出しながら経営してきたかたちだ。
過去には、freeeの競合であるマネーフォワードも赤字上場として話題になった。上場時点で直近の通期決算(16年11月期)は売上高15億4200万円、営業損失8億7600万円だったが、その前の期にあたる15年11月期は売上高4億4100万円、営業損失11億2000万円と、freeeの17年6月期以前と同様に営業損失が売上高を大きく上回っていた。ちなみにマネーフォワードの18年11月期の売上高は、45億94万円、営業損失は7億9600万円だ。営業損失は年々圧縮されている。
両社とも会計を中心としたSMB向けクラウド業務ソフトを提供するSaaS企業だが、SaaSは開発やマーケティングへの先行投資が必要なビジネスだ。会計のような基幹業務アプリケーションは一般的に解約率が低く、ストックが着実に積みあがる。先行投資による赤字が巨大でも、売上高が順調に伸びていれば健全に成長していると評価する市場環境になってきたということだろう。グローバル市場で見れば、上場後も赤字を出し続けながらエンタープライズIT市場の大手ベンダーに成長した米セールスフォース・ドットコムのようなSaaSビジネスの成功例があり、両社の今後の成長には、日本におけるSaaSの成功モデルをつくれるかがかかっている。
また、マネーフォワードは上場時、「基幹業務ソフトベンダーとして、市場からの信用度が上場前とはまったく違うと感じる」とも話しており、freeeも同様の効果を期待している可能性はありそうだ。
マネーフォワードの戦略は業務アプリの範疇にとどまらない
一方、上場企業としてはfreeeの“先輩”にあたるマネーフォワードは、ここにきて単なる業務アプリケーションベンダーの範疇にとどまらないビジネス戦略を強く打ち出している。これまでも、オンラインレンディングサービスやB2Bの後払い決済・請求代行サービスといったFinTechサービスを提供してきたほか、クラウド記帳サービス「STREAMED」を提供するクラビスの完全子会社化や、クラウド型経営分析ツール「Manageboard」を提供するナレッジラボの株式の過半数を取得してグループ会社化するなど、自社製品と補完的な価値を持つソリューションベンダーをM&Aにより積極的にグループに迎え入れてきた。
11月11日には、スマートキャンプの72.3%の株式を取得し、子会社化することも発表した。スマートキャンプはSaaS情報の比較・検索・マッチング機能を提供する“SaaSマーケティングプラットフォーム”の「BOXIL」などを提供している。マネーフォワードの辻庸介社長CEOは、「BOXILはSaaS企業を支援する国内ナンバーワンのマーケティングプラットフォームであり、マネーフォワードにとっては従来のバックオフィス向けSaaSに加えて、SaaSマーケティング領域に事業拡大できる。当社のSaaSユーザーにバックオフィス向け以外の良質なSaaSを使ってもらうことにもつながる」と期待を寄せる。
両社のシナジー創出に向けた取り組みとしては、BOXILやマネーフォワードのクラウド業務アプリケーションのデータを活用したSaaSのレコメンドエンジンを開発する予定もあるという。ただし、BOXILのようなプラットフォームを特定のSaaSベンダーの傘下で提供する場合、中立性が損なわれ、例えばSaaSを探しているユーザーを強引にマネーフォワード製品に誘導するようなことが起これば、マーケティングプラットフォームとしての価値が下がってしまうリスクもある。これに対しては、辻社長、スマートキャンプの古橋智史代表取締役とも、「マーケットからの懸念は理解している」として、スマートキャンプを独立企業として存続させることは明確にしており、「中立性が必要なところはしっかり守っていく」と説明している。