SAPジャパン、オービックビジネスコンサルタント(OBC)、ピー・シー・エー(PCA)、ミロク情報サービス(MJS)、弥生の5社が社会的システム・デジタル化研究会を立ち上げ、「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」 を発表した。紙の書類による手続きを単にデジタル技術に置き換えるだけでなく、デジタル化を前提として社会システム全体を抜本的に変革、再構築することで社会的コストの最小化を図る動きを、民間側から刺激していこうという試みだ。具体的な活動として、2023年10月のインボイス制度導入に向けて、電子インボイスの仕組みの標準化も主導する。(本多和幸)
研究会の代表を務める弥生の岡本浩一郎社長
研究会の代表は、弥生の岡本浩一郎社長が務めている。今回の一連の動きをリードしたのも岡本社長だ。きっかけは、一昨年に海外のデジタルガバメントの取り組みを調査し始め、大きな問題意識を持ったことだった。日本におけるデジタルガバメントは、紙で提出していた書類を電子的に提出できるようにするレベルにとどまっているケースがほとんどだが、海外の先進事例では、エンド・トゥ・エンドでデジタルデータを活用することを前提に、プロセスそのものを大幅に見直し、効率化する動きがスタートしているという。
日本でもそうした取り組みが必要だと考えた岡本社長は、調査結果を携えて、内閣官房や財務省・国税庁の担当者とディスカッションした。「年末調整などを引き合いに出しながら、今の仕組みを変えるべきじゃないかという話をすると、皆さんそのとおりだと賛同してくれる。しかし行政の立場では、担当範囲内での改善に取り組むことはできても、いったん確立されてしまった社会システムを根幹から変えるのは難しい。ぜひ民間からそうした問題提起をどんどんしてほしいと言われた」と振り返る。
これを受けて岡本社長は、問題意識を共有でき、目線を合わせられる業界のキーパーソンに自ら声をかけ、昨年12月に社会的システム・デジタル化研究会(当時は前身の「Tax Compliance by Design 勉強会」という呼称)を立ち上げた。OBCの和田成史社長、PCAの水谷学相談役、MJSの是枝周樹社長は、中小・中堅企業向け基幹業務アプリケーション市場の有力プレイヤーのトップ同士、もともと付き合いがあり、既存の業界団体における活動でも類似の課題を議論するなどの下地があった。また、SAPジャパンは研究会のメンバーでは例外的に大企業向けのビジネスが中心だが、昨年、官民共創によるデジタルガバメントの実現、社会課題の解決への貢献を目的として、シンクタンク「SAP Institute for Digital Government(SIDG)」を設立。このSIDGのコンセプトに共感した岡本社長が同社にアプローチし、SIDGの責任者であるSAPジャパンの内田士郎会長も研究会のディスカッションに加わることになった。
標準規格策定は
完全にオープンな体制で
研究会での議論には、税理士や内閣官房IT総合戦略室の職員がオブザーバーとして参加したほか、現時点では非公表ながら5社以外の財務会計系システムのベンダーも参加。全5回の議論を経て、6月25日に中間成果物として「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」を発表した。提言の趣旨は大きく二つ。短期的には「標準化された電子インボイスの仕組みの確立に取り組むべき」、中長期的には「確定申告制度、年末調整制度、社会保険の各種制度についても業務プロセスを根底から見直すデジタル化を進めるべき」としている。
また、電子インボイスの仕組みの標準化については、研究会の下部組織として「電子インボイス推進協議会」を7月29日に立ち上げる予定。2020年内を目安に、電子インボイスの標準規格を策定し、2021年には関連するITベンダーがシステム開発に着手できるようにする構想だ。
ただし、業務アプリケーション市場の有力プレイヤーが集まったとはいえ、研究会は限られたITベンダーによる私的な組織だ。その下部組織である電子インボイス推進協議会にとって、どのように電子インボイスの標準規格を策定し、社会に浸透させていくのかは重要なテーマと言える。これについて岡本社長は次のように説明する。
「電子インボイスの標準規格はゼロからつくろうと思っているわけではなく、海外で既に利用されているさまざまな規格があるので、日本に最もフィットするものを選んでいく作業がメインになる。そこに行政としてのお墨付きをどういただくのかはこれからの議論になるが、電子インボイスで直接業務を効率化できるのは民間なので、民間が自分のこととしてメリットを得られるような標準規格をつくろうというコンセンサスは行政側も含めて形成されている。適切な議論を踏まえて標準規格が決まれば、国を挙げてこれを使っていこうという流れになる手応えはある」
社会的システム・デジタル化研究会は、扱うテーマの性質上、「個社の利益は一旦わきに置いて、社会全体の効率を上げるための議論ができる」(岡本社長)ことを基準に、これまでのところは参加者を選別してきたクローズドな組織だった。しかし、提言の発表とともに研究会の存在や電子インボイス推進協議会の立ち上げを明らかにしたことを受け、今後はメンバーを拡充していく方針だ。特に電子インボイス推進協議会については、完全にオープンな組織として運営していく方針で、研究会の5社に加えて、関連する業務アプリケーションベンダーなど数社の参加が既に決定している。コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)とも連携して運営していく方針。また、研究会、電子インボイス推進協議会とも、ユーザー企業の参加も募り、社会システム全体のデジタルトランスフォーメーションに向けた議論や具体的な活動を活発化させたい考えだ。