日本マイクロソフトが近年フォーカスしてきたのは、クラウド化の推進、そして業種・業界向けのインダストリーソリューションの拡充だ。その先にユーザー企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を網羅的に支援していくという構想を描いていたが、新型コロナ禍で市場環境は一変。多くの企業が突如、DXこそがウィズコロナ、ポストコロナを生き抜くカギになると考えるようになった。急速に膨れ上がったDXニーズに対応したITソリューションを不足なく提供するために何をすべきかが、目下の日本マイクロソフトのパートナー戦略における最大の課題となっている。7月に同社のパートナー事業本部長に就任した檜山太郎・執行役員常務は、よりユーザー企業の関与を強めた重層的なエコシステムを構築することでこの課題に対応していく意向だ。(本多和幸)
檜山太郎 常務
2カ月で2年分のDXが進んでいる――米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOはコロナ禍が直近の法人向けITビジネスにもたらした影響をこう表現しているが、檜山常務は「まさに日本でも状況は同じだ」と話す。「4月~6月でインダストリーソリューションの案件数は前年同期比で200倍以上と非常に大きく伸びた」
インダストリーソリューションの拡充は、同社の2019年度(20年6月期)のパートナー戦略における中心施策だった。19年6月には「MPN(Microsoft Partner Network) for Industry パートナープログラム」という日本発のパートナープログラムを発表。プログラムの参加パートナーに対して、Azureの採用を前提にAIやIoTといった先進技術を活用した業種・目的別システムのリファレンスアーキテクチャーを提供するというものだ。プログラムのスタート当初から、製造、流通、金融、ヘルスケアの4業種でリファレンスアーキテクチャーを提供していたが、現在ではそこに交通、小売りも加えて6業種まで拡大している。このリファレンスアーキテクチャーを活用した業種ごとの先進テクノロジー活用が、コロナ禍を受けたユーザーのマインドチェンジにより大幅に進んだというわけだ。
一方で、こうした需要が急速な伸びを見せたことで顕在化した課題もある。日本マイクロソフト自身を含むITベンダー側の人的リソースが想定以上に不足してしまうことだ。檜山常務は「データ活用やデジタル技術のスキルを持った人材の数やクオリティの面でも、日本は他の先進国におくれを取っているという調査結果がある。当社のパートナーエコシステムの力で、日本の産業界のためにしっかりサービスを届けてDXを支援していくためにどうするかが今年度のパートナー戦略の大きなテーマになる」と話す。
リソース不足解消のカギは
顧客の内製化
同社が今年度の具体的な施策として改めて鮮明にしたのは、ユーザー企業の現場社員などが自らテクノロジーを活用していく「ビジネスドリブンのデジタル化」の環境づくりを重視していく点だ。複数の業界をまたいだサプライチェーンのDXや、社会システムのDXには膨大なリソースが必要になる。限られたリソースの中で広く社会にDXを浸透させていこうとした場合、“脱ハンコ”に代表されるような現場の細かい業務のデジタル化は、ユーザーに担ってもらわなければならないという課題意識が背景にある。
キーになるソリューションは、BI、データ分析から業務の効率化、アプリのローコード開発までをカバーする「Power Platform」だ。檜山常務は、「現場で使う業務アプリの内製化など、DXに向けた取り組みの裾野を広げていくという意味で非常に有効だ」と強調する。
一方で、従来のSIパートナーなどにとってはビジネス領域が侵食されることにはつながらないか。パートナー事業本部の輪島文・シニアビジネスマネージャーは「SIerの仕事はむしろ増える」と説明する。「SIerがユーザー企業の本格的なAI・データ活用やDX支援を進めようとしたときに、まず直面するのが現場の業務がまだ紙ベースだったりするという課題。SIerがそこまで手を広げていては、ROIも下がり、DXが進まなくなってしまう」
輪島 文 シニアビジネス マネージャー
技術力があるSIerには上流側のテクノロジー活用を中心に手掛けてもらい、より現場に近い業務のデジタル化については、Power Platformを使ってユーザーに内製化を促したり、これまでライセンスのリセールを中心に手掛けてきたパートナーに支援してもらうなど、より重層的なパートナーエコシステムを構築していく。また、ユーザーのDXを網羅的に支援していくためのパートナー同士の協業も推進する。こうした施策により、一気に膨れ上がったDX需要に対応したソリューション提供体制を整える方針だ。こうした施策がスムーズに機能するよう、日本マイクロソフトはパートナーとも連携し、Power Platform上などで手軽に再利用できる資産を拡充していく。
DX支援につながるスキルを持った人材を増やすための施策にも注力する。パートナー、ユーザー向けのトレーニングメニューを充実させるほか、昨年本格的に運用を開始したAzureパートナーの認定資格「Azure Expert MSP」「Advanced Specialization」の取得をパートナーに促していく。最上位カテゴリーであるAzure Expert MSPを取得済みの国内パートナーは現在6社。Azureの個別サービス/機能の実績と知識に関する認定であるAdvanced Specializationも含め、「今年度は認定パートナーの拡大も非常に重要なテーマ」(檜山常務)と位置付け、パートナーのスキルの向上と可視化を進める。