不動産業界でIT化に踏み切る代表的な理由は、「アナログのままだと処理に工数が掛かる」「社内共有ができていない」など、今のままでは不便だと感じているからというのが大きい。ただ、社内の承認を得て、予算を確保し、プロジェクトチームを中心に進めて、システムを導入したものの、一年が経過してもIT化が全く進んでいなかったという状況も見られる。今回は、失敗事例について解説したい。失敗から得られる学びもある。
不動産業は、社歴が長いベテラン社員も多く、今まで行われていたやり方や風習がある業界の一つだ。属人的な業務になっていることも多い。そのため、IT化には現場をまとめあげて引っ張っていくリーダーがいるか、導入前後の教育環境はできているか、現場の意見を取り入れているかなどが重要だ。
一番多く見られるのが、長い準備期間と予算を使って導入したものの、現場は全く使いこなせず、導入前の状態に戻っているということだ。機能が多すぎて何をどうすればいいか分からず、教育も浸透しないまま使い始めた。なぜ導入したか、導入することのメリットは何かを社員は理解していなかったため、結局は昔の状態に戻ってしまうのだ。
現場にとっては、工数が掛かっても元々のやり方が慣れているのでやりやすい。そのような状況だからこそ、何度も何度も教育する機会を設けて、新しいシステムを理解してもらわなければならない。分からない人のために、すぐにサポートできる体制を組み立てておくことも大切だ。失敗パターンの共通点を見ると、1時間程度の説明会のみ開催し、マニュアルを用意したものの社員が目を通していないというケース。いざ利用を始めたが、問い合わせが集中し、処理が回らずパンクしてしまう。特に導入直後は、サポートの体制を強く整えておくべきだ。
なぜ導入したか、導入することでどう変わるかという意識が根付いていれば、会社一丸となってIT化を進めることができる。社員の意識も低いままでは結局、システムを使わなくなってしまう。経営者からのメッセージを伝えること、組織の結節点にあたる役職者がメッセージを噛み砕いて何度も伝えることで、会社全体の意識を変えることができる。強烈に引っ張ってくれるリーダーを組織に置くことも重要だ。
長期的な計画で考えて、必要なところから段階的にIT化をしていくべきだ。ある不動産会社では膨大な予算を用意して、いきなりシステム一元化を進めた。その結果、コストが膨らみ、現場は混乱し、IT化自体が問題視され、中止という決断が起きた。その後、コロナ禍になり、一部をIT化したが、余計に費用を掛けることになった。
人材で失敗するケースもある。IT部門がない会社で、外部から責任者を招聘。ところが、経営陣と責任者の意思疎通がうまくいかず、途中でプロジェクトを離れることになり、リーダー不在のまま導入した。社内で浸透しないこともあり、今までの流れに戻すということになった。経営陣との意思疎通と社内での人材育成も並行して行うべきだったといえる。
次回は、IT化の実際に行った、ある不動産会社の事例を元に、どのようにして導入し、成功した先に何があったのかを解説していきたい。
■執筆者プロフィール

森 和吉(モリ カズヨシ)
吉和の森 代表取締役 ITコーディネータ
1970年青森県八戸市出身。94年立正大学卒業後、郵便局勤務などを経て、99年オリコンに入社。音楽雑誌の編集からウェブサイトの運営を担当する。その後、ソーシャルゲームやメーカーや流通、不動産投資会社でウェブマーケティング事業に取り組み、19年に吉和の森を設立。ウェブ解析士マスター、チーフSNSマネージャー、提案型ウェブアナリストなどの資格も持つ。