ビジネスを進める上で予測は欠かせない。しかし、誰も見たことがない将来の動きを描くのは簡単ではなく、時には見込みが大きく外れる場合もある。これまでは人の経験や感覚、勘に頼っていた部分が大きかったが、最近ではAIを活用し、より精度の高い予測結果を導こうとする動きが出ている。人事や現場での活用、自然災害のリスクを対象に、新しい価値の提供を目指す新興AIベンダーを紹介する。
(取材・文/齋藤秀平、藤岡 堯)
アッテル
圧倒的な遅れを前進させる
企業の間では、人手不足が深刻な問題になっている。IT業界では、将来的な人材不足が数年前から指摘されており、既に優秀な人材の争奪戦が起こっている。企業が成長するためには人材の採用や配置などの人事戦略は重要になっているといえるが、アッテルの塚本鋭CEOは「HRの領域は圧倒的にデータの利活用が遅れている」と指摘する。
アッテル 塚本 鋭 CEO
塚本CEOが同社を設立したのは2018年。それ以前は別の会社に所属し、採用を担当していた。しかし「いいなと思って採用した人が、入社後に全然活躍できなかったり、すぐにやめてしまったりすることは少なくない」。データ分析を専門とする中、感覚的な意思決定をしていたことに違和感を覚えたことが、起業のきっかけになった。
同社は現在、採用から配置、退職の各段階のデータ利活用をワンストップで実現する未来予測型のピープルアナリティクスサービスをクラウド上で提供し、各企業に対して属人的な人事からの脱却を促している。19年にサービスのβ版を公開した後、導入企業は順調に増加。22年2月の利用社数は600社以上になっており、大企業でも活用が進んでいる。
塚本CEOは「HRの領域では、定量化と分析、予測、改善の四つが重要になる」とし、それを一気通貫で提供できることがサービスの強みだと説明する。
例えば定量化では、10万人のデータとAIを組み合わせた精度の高い適性検査などによって、応募者がごまかすことができない適性診断を実現している。
予測では、採用・配置基準を作成機能や、作成した基準が当たるかを予測するシミュレーション機能を提供。採用・配置基準の作成機能には、既存従業員が受けた適性診断の結果と人事評価を組み合わせ、採用基準となる活躍予測モデルを構築し、それを基に応募者の入社後の活躍や定着を予測できる特許システムを活用している。
塚本CEOは「予測の場合、精度を上げるためには大量のデータが必要だが、HRの領域は、他の領域に比べてデータ数がすごく少ない。従業員数1万人の企業では、1万人という少ないデータで精度を上げていくことが必要になるが、そこでしっかり高い精度を出せるのが特許システムの特徴だ」と胸を張る。
販売は直販がほとんどだが、一緒にビジネスを展開できるパートナーの獲得も視野に入れている。塚本CEOは「われわれはスタートアップで変化は激しいが、徐々にサービスが安定する時期に入りつつある。これからはパートナーと組んで販路を広げていくこともできるようになるだろう」と話す。
企業向けのサービスとは別に、求職者向けのサービスの開発にも取り組んでいる。「興味があるかどうかという今までのあいまいな就職先の選び方ではなく、入社前に自分がどれくらい活躍できるかを知ることができるようになれば、もっと活躍できる人材は増えるはずだ」と意気込む。
その上で「企業の中では、本来は活躍できる場所が別にあるのに、実際は活躍しにくいところにいる人はかなり多い。データによるアプローチによって、頑張っているけど、成果が出ないという状況をなくし、結果として日本全体の生産性を向上させることが大きな目標だ」と強調する。
GAUSS
“現場”での活用へ注力
新しい製品やサービスが続々と登場するAIの市場では、新しいビジネスチャンスが生まれることも期待されている。GAUSS(ガウス)の宇都宮綱紀社長は、AI活用の方向性について「“現場”にAIを届ける。これが次のマーケットとして立ち上がってくる」と語る。
GAUSS 宇都宮綱紀 社長
17年創業の同社は、当初からAI競馬予測エンジン「SIVA」を提供(現在は毎日新聞社とスポーツニッポン新聞社が共同出資する企業CYMESがサービスを運営)。最近ではクラウドのAI開発プラットフォーム「GFP」(GAUSS Foundation Platform)を主軸に、予測領域だけでなく、画像認識や自然言語処理など幅広くAI事業を展開する。
予測領域では、カメラと組み合わせて製造業や建設業における事故の予兆を事前に検知できるソリューションを準備しているほか、小売業やイベント業向けに人流予測でのビジネス開拓を図っている。人流予測に関しては、21年10月に東京都渋谷区、KDDIと共同で、ハロウィーンの渋谷の人流を予測するプロジェクトを実施し、実際の人出と比べても精度の高い予測結果を示した。
同社が狙うのは実際に人が動く現場作業の業界である。これまでのAIビジネスはデスクワークの効率化にフォーカスするものが多かったが、これからは現場業務を改善する作業へAI活用がシフトしていくとにらむ。
宇都宮社長は「予測の一番の肝は、どのファクトをデータとして選ぶかにある。私たちは重要なポイントを得るために現場に入り込み、どのファクトが大切なのかしっかり聞き込んでいる」と強調する。自身もAI業界に入る前は鉄筋工として働いていたこともあり、現場業務への理解は深い。今後は業種・業界に特化した人材を積極的に採用し、現場に特化した際立ったプロダクトを投入していく方針だ。
加えて、宇都宮社長はAIを生かしていく方法として、ユーザー側の受け止め方の転換が重要とみる。
日本のユーザーは、AIと聞くと限りなく100%に近い、高精度の結果を求めがちだが、欧米では60~70%の精度でも積極的にAIを使っているという。「人間の力で50%、AIの力で50%、合わせて100%というような形でAIを活用していく方向になればいい」と期待する。
例えば、天気予報は8割程度の精度であるものの、多くの人が予報を参考に行動を判断している。AIも同じように受け止められれば、よりビジネスに生かせる余地が広がる。AIに判断を任せるのではなく、AIの予測を参考に人間が創造的な判断をしていく。宇都宮社長は「人間とAIのいいところを活用し、補い合うことで、『備えあれば憂いなし』となるようなサービスを提供したい」と意気込む。
One Concern
災害に備え、事業継続に貢献
日本は「災害大国」といわれるほど自然災害が多く発生している。豪雨による洪水や土砂災害、大規模な地震などに備えておくことは、事業を継続する上で重要だ。15年に設立した米ワン・コンサーンは、災害が起きる前に被害の規模を可視化するSaaSプラットフォーム「Domino」を米国で提供している。国内では今夏のリリースを予定しており、日本法人One Concernの村井建介・バイスプレジデントは「日本は災害に対する感度が高く、マーケットとして魅力がある」としている。
One Concern 村井建介 バイスプレジデント
創業者のアマッド・ワニCEOは14年、出身地のインド・カシミール地方で洪水に遭い、生死をさまよった。この体験を経て、自然災害の被害を予測する重要性を実感したという。
会社設立前、機械学習を使って地震の被害を予測するサービスをスタンフォード大学の仲間と開発。米国内の自治体に展開したところ、好評だったことから起業の道を選んだ。
同社が提供するDominoは、地形や建物の情報に加え、港や空港、高速道路といった社会インフラなどのデータを重ね合わせた地図をプラットフォーム上で表示。その中で位置を指定すると、地震や洪水、風の被害に遭った社会インフラの回復時間や被害金額を算出し、ビジネスへの影響を分析できる。また、気候変動リスクを診断する機能もある。
村井バイスプレジデントは「建物単体のリスクは、地形データと建物の情報属性情報があれば分析することはできるが、周辺の社会インフラの影響も含めたリスク分析ができるモデルは、ほかにはない」と話す。利用しているAI技術については「世の中に存在するいろいろなモジュールを活用し、独自にデータを補完することで、より災害に特化したチューニングになっている」と説明する。
米国では、不動産や銀行、資産運用会社からの引き合いが多いという。国内では、リリースの段階では地震と洪水についての分析をできるようにする予定。4月から東京証券取引所の市場区分が変わり、最上位のプライム市場では気候変動リスクの情報開示が求められるようになったことから、関連のニーズの取り込みも進める方針だ。
グローバルの中で、日本は最重要市場と位置づけられているという。村井バイスプレジデントは「グローバルで100人くらいの従業員のうち、約10%が日本にいて、しっかり日本に投資する方針になっている」と説明し、「日本の企業の業務に合うものを早く届けて、各企業と一緒に新しい価値をしっかりと構築していきたい」と語る。