DXを行うには、組織・人材イノベーションが重要である。どのように変えていけば良いのだろうか。一時期、働き方改革が大いに騒がれた。組織戦略として働き方改革を目指し、福利厚生を充実させたり残業時間を減らせたりした企業も多かった。しかし、ノー残業デーの悪影響として、家に仕事を持ち帰ったりカフェで仕事をしていたりするニュースが度々放映された。このことからも、もっと本質的なところから変えていかなければ、働き方改革にはならず、ましてや組織を変えていくことは不可能であるということに気が付いている人も多いだろう。
働き方改革を試みた企業が狙っていたのは、ワーク・ライフ・バランスの向上である。だが、そもそもワーク・ライフ・バランスとは何なのか、を改めて考えてみたい。ワークとライフのバランスを取るためには、休みを与えろというわけではない。内閣府 男女共同参画局 仕事と生活の調和推進室のワーク・ライフ・バランス憲章を一度、読んでみよう。
憲章は、仕事と生活のどちらが大事だと言っているだろうか。国語の問題だと思ってもう一度、読んでみてほしい。答えが決まった人は続きを読み進めてほしい。
この憲章は「そのような社会の実現に向けて」策定されている。そのような社会とは、「持続可能な社会」である。では、「持続可能な社会の実現にも資することとなる。」の主語は何だろうか。これは「(誰もが意欲と能力を発揮して)労働市場に参加することは、」である。つまり、憲章が大事だと言っているのは、仕事だ。
性別や年齢に関わらず誰もが意欲と能力を発揮する。誰もがやりがいや充実感を感じながら働く。若者が経済的に自立する。こういった働き方が大事だとしている。決して残業時間を抑制することではなく、働くというのがどういう状態なのかを説いている。ワーク・ライフ・バランスは、決して生活の時間の確保について述べているわけではない。
もし、あと1時間あればこの仕事が片付き、すっきりとした気分でお酒が飲めるのに、残業時間カットで強制退社させられ、セキュリティ上、会社の外にも仕事を持ち出せず、明日に持ち越さなければならないとなったら、その日のお酒はおいしいものになるだろうか。本来、人間はここまでがワーク、ここからがライフとはっきり気持ちを切り替えられるものではない。仕事でミスをすれば家に帰っても落ち込み、良い仕事ができたらおいしいお酒が飲めるのだ。このワークとライフの両輪への考え方が成長社会と成熟社会では、大きく異なっている。
いい暮らしをすることが幸せで、そのために仕事をする、という価値観が定着していた成長社会では、ワークでお金を増やすことで、天秤が釣り合うように、その分ライフの豊かさも増えた。成熟社会でのワークとライフのバランスは、やりがいや充実感という水でコップが満たされ、そこから溢れた水がライフを潤す。その水を自己啓発・自己学習として、またワークに注いでいく。働き方改革とは、ワークのコップを水で満たすことを指すのだ。真の働き方改革は社員が満たされるような仕事を与えることである。
働き方の意識を改めたら、次は評価制度を変えよう。DXが進まない原因は、時間で労働を図っているからである。例えば、同じ仕事を10分で片付ける部下と1時間かかる部下がいた場合、どちらが優秀だと思うか、という問いには声をそろえて「10分で片付ける部下」というだろう。しかし、成果は同じときに、10分で片付けて50分遊んでいる部下と1時間掛かって終わらせる部下がいた場合、「よくがんばってるなあ」と思うのは、と聞くと多くの人が「1時間掛かって終わらせる部下」を選びたくなる。
時間で測るのは効率であり、効果ではないのだ。労働の対価は効果で測られるべきであり、時間ではない。拘束時間、仕事をしている(フリでも構わない)ならば給与は固定で支払われる正社員制度が主の日本では、頑張るだけ損だという認識が残念ながらある。頑張っても大して評価されず、責任だけ与えられる企業が多いため、社員はDXを行おうとはしない。
働き方改革の誤認や時間で労働を測ろうとする考え方をなくすことが、DXを最適に行う組織には必須であるとSIerは伝えていかなければならない。
■執筆者プロフィール

並木将央(ナミキ マサオ)
ロードフロンティア 代表取締役社長 ITコーディネータ
1975年12月31日生まれ。経営と技術の両面の知識でDXに精通、現在の世情や人間観をも背景としたマーケティング、経営手法や理論の活用方法で、企業や各大学で講演や講義を行っている。さまざまな分野で経営やビジネスのコンサルティングを実施している。電気工学修士、MBA、中小企業診断士、AI・IoT普及推進協会AIMC、日本コンサルタント協会認定MBCなどの資格も持つ。