マーケティングにどうDXを生かすのか、について解説する。そもそも「マーケティング」とは物が売れるための仕組みのことで、「セールス」とは物を自ら売りに行くことを指す。人口が増加している成長時代は、いかに目の前にきた人に売っていくかが重要だったので、セールスマンが多くいた。しかし、成熟時代では人口が減っているので、売り込むのではなく、顧客を呼び寄せることが重要となるため、マーケティングに注目が集まっている。
成熟社会が進むにつれ、マーケティングも変わってきている。「近代マーケティングの父」と評されるフィリップ・コトラー氏がまとめたマーケティング理論は現在、マーケティング5.0まできている。SIerは、顧客がどの段階のマーケティングを求めているのかを見抜かなければならない。
マーケティング理論の変化
(「コトラーのマーケティング5.0」を編集)
業界によっては、マーケティング1.0から変わらないことが望ましいものもあるので、全ての企業がマーケティング5.0を目指す必要があるわけではないということを忘れてはならない。マーケティング3.0以降は製品から価値に主眼が移ってくるため、マーケティングに求められるのは共感である。
なぜ、共感が重要となるのか。それは、物やサービスに溢れている現在、消費者自身、何が欲しいのか明確ではなく、企業は欲しいものが分からない消費者に「欲しい」と思わせなければならなくなったからである。現在は物やサービスのみならず、情報過多であるため、消費者は無意識に価値観に合った情報の取捨選択をしているため、共感したものを記憶に残し、購買行動に移しているのだ。だからこそ、マーケティングは共感を狙いにいかなければならない。
共感を探すために、アンケートを行おうとする企業は多い。しかし、アンケートは過去のものに対してならば有効だが、未知のものに対しては向いていない。例えば、エアコンの売れ行きが良くなくなったとしよう。どうしたら、買ってもらえるか、と改善点を探るために「現在使っているエアコンのお困りごとは何ですか?」とアンケートを行うとする。
仮に「フィルターの掃除が面倒くさい」という意見に回答者の80%以上が答えたとする。その結果を元にあなたは「お客様の80%以上が清掃を面倒だと感じているので、自動洗浄機能をつけましょう!」と上司を説得。数年後、自動洗浄機能を創り上げた。製造コストを回収するため、従来のモデルよりも3万高く、市場に出した。
だが、「フィルターの掃除が面倒くさい」という回答者は新製品が出ても買い替えないし、エアコンが壊れた消費者も安くなった従来のエアコンを選ぶということは往々にして起こる。アンケートでは多く得た意見でありつつも、なぜ購入してくれないか、というと、アンケートを答えるときに「強いて言うならば」と答え探しモードになってしまい、お金を出してまで本当に欲しいものとして答えたわけではないからである。
共感を探すには、無意識に問いかけなければならない。顧客の無意識レベルの欲求を探すのに、注目を集めているのがビッグデータである。ビッグデータの大部分を占めているのはさまざまな種類や形式を含む非構造化データ・非定型的データであり、従来の管理システムでは記録、保管、解析が難しかった巨大なデータ群を指す。リアルタイムに高速で処理することで、これまでになかったビジネス視点での洞察や仕組み・システムの開発を可能にする。マーケティングとしては4.0や5.0に移行してくることになる。
ちなみにビッグデータを使う予算がない場合はデザイン思考のようなインサイトアプローチを使って、1人を観察するだけでも効果がある。商品を使っている人を観察し、使っている人に共感し、習慣性を見つける。無意識の行動の中にある、困りごとを探る。その困りごとに対して、プロトタイプ提案し、使ってくれる人が共感するかを見極める。共感してくれれば、そのプロトタイプを製品化していくと良い。
勝手に売れる仕組みであるマーケティングに対して、新たなビジネスモデルが確立できるようにトランスフォーメーションしていくにはどうしたら良いだろうか。勝手に売れる仕組みというのは、既存のものも販路拡大なので、どれもDXとは呼べないと感じるかもしれない。しかし、市場調査や商品開発、広告宣伝、効果検証といったマーケティングプロセスをITツールやAIを導入してデジタル化し、さまざまなデジタルデータをクロスさせ、新しい製品・サービスや顧客の体験価値を変えることができればDXと呼べる。
さらにマーケティング5.0のように、IoTなどで顧客の行動(カスタマージャーニー)をつぶさに取得し、AIで分析などをして顧客の無意識のニーズを先回りして、具体的なソリューションをリアルタイムで提供できれば、DXとなる。
SIerが意識しなければならないのは、顧客体験の向上できているかどうか、である。ただのデジタル化ではDXではない。マーケティングやビジネスモデルを、デジタルを使って変更した先には、システムを導入する顧客の喜びがあり、ターゲットにさらにお金を払ってもらい、顧客自体が売り上げを伸ばすものでなくてはならない。
■執筆者プロフィール

並木将央(ナミキ マサオ)
ロードフロンティア 代表取締役社長 ITコーディネータ
1975年12月31日生まれ。経営と技術の両面の知識でDXに精通、現在の世情や人間観をも背景としたマーケティング、経営手法や理論の活用方法で、企業や各大学で講演や講義を行っている。さまざまな分野で経営やビジネスのコンサルティングを実施している。電気工学修士、MBA、中小企業診断士、AI・IoT普及推進協会AIMC、日本コンサルタント協会認定MBCなどの資格も持つ。