ネットベンチャーのような派手さはない。マネーゲームにも興味はなさそう。藤吉社長の思いは一途に「メーカーになりたい」ということだけ。学生時代にすでにその芽は生まれていた。
入学した静岡大学は教養部が静岡市で工学部が浜松市。単位1つ落としたばかりに、静岡と浜松の往復が必要になった。「そのために新幹線での往復はムダ。静岡市に残って週1回だけ大学に通い、後はアルバイトでもして」と考えた。
通信設備会社の面接に行ったが、1回目は断られる。粘りに粘って採用された。そこでの旧DDIグループのLCR販売で「けっこうな稼ぎをあげた」。「事業が軌道に乗るにつれて、大学に戻るきっかけを失った。〝大学中退〟という恐怖心が頭をもたげ、複雑な気持ちだった」という。それでもビジネスでの成功からは離れられず、卒業をあきらめた。
本音は「機械を作って売りたかった」。つまりメーカーになりたかった。「通信業界に関わるうちに、先行きが予想できて魅力がなくなった」。今の通信業界を見れば、その選択は正しかったようだ。トランザス設立後は、病院向けセットトップボックスの開発販売やフィリップスと提携し特定用途向けのテレビモニターの販売など事業を広げてきた。
かつてISPを立ち上げたこともあり、ネットベンチャーとして大成功する道もあったかもしれない。「そういう成功には魅力を感じない。モノづくりにこだわりたい」と、大手メーカーでさえ忘れがちな基本を大切にしている。
プロフィール
藤吉 英彦
(ふじよし ひでひこ)1973年、岐阜県生まれ。静岡大学工学部電気工学科在学中にアルバイト探しがきっかけになって、通信関係の事業に携わる。95年、21歳で有限会社アイディディーを設立。97年、現在のトランザスに組織を変更。03年、横浜市みなとみらい地区に本社を移転。