Chapter II 「J−SaaS」の実績
存在すら知らないユーザー多く
巨額の資金、官主導という異例プロジェクトは、現時点では不発と言わざるを得ない。目標50万社に対し、5000社にも到達していない状況だ。用意周到のはずだったが……。この低迷の背景には、どんな要因が潜んでいたのか。
知名度不足は明らか
中小企業の8割は「知らない」 経産省で「J−SaaS」を今年度から指揮する梅原徹也・商務情報政策局情報処理振興課課長補佐によれば、「ユーザー企業数は3000社程度」。当初計画していた目標は今年度(2010年3月期)で50万社。梅原課長補佐は、「50万社はあくまで長期的な目標」と話すが、経産省がサービス開始前に示した資料には「平成21年末の想定ユーザー数50万社」と明記されている。あと4か月が残されているが、これまでの実績を考えると、達成はほぼ不可能だ。50万社の獲得は“ストレッチ目標”という印象があり、10万社でもユーザーが集まれば成功といえたかもしれない。だが、100分の1未満という結果はあまりにも少なすぎる。その原因はどこにあるのか。
中堅・中小企業(SMB)のIT動向調査に強いノークリサーチ(伊嶋謙二社長)は、「J−SaaSの認知度」について年商500億円未満のSMBを対象に調査し、1000件の有効回答を得ている。そのデータを図3に示した。
「J−SaaSは知らないし、利用もしていない」との回答は、企業規模を問わず65%以上という結果だ。経産省が「J−SaaS」のメインターゲットに置いた20人未満の中小企業だけでみると、その数値は83.6%にも達していた。10人のうち8人は知らないわけで、知名度不足は明らかだ。
さらに深掘りしてみると、「知っている」との回答のうち、「J−SaaS」の存在を知ったきっかけは「Webサイトや雑誌で知った」が50.2%を占めている。経産省が揃えた「J−SaaS普及指導員」が、普及・啓蒙をリードしたとは言い難い状況だ。
ノークリサーチの岩上由高シニアアナリストは、結果をこう分析している。「日頃から自らIT関連情報を収集しているユーザー層には知られている。だが、本来『J−SaaS』がアプローチするべき、ITに関心が薄い層には存在が伝わっていないということ」。そのうえで、「SaaSビジネスの初期段階といえる現在は、人による地道な普及・啓発活動が欠かせない」とも指摘し、「J−SaaS普及指導員」のような「人」を活用した普及・啓発施策の必要性も感じている。
IT業界人がみる失敗の理由
現実にはさまざまな課題が 「J−SaaS」にアプリケーションを提供するビジネスオンライン(BOL)。独自に展開していた会計機能のアプリケーションサービス「ネットde会計」を「J−SaaS」用にアレンジし、「ネットde会計J」として販売している。「ネットde会計J」のユーザー数は、体験版ユーザーを含め約170社で、「目標数値に対し10分の1にも到達していない」(藤井博之代表取締役)。
藤井代表取締役は、到達しなかった理由についてこう指摘している。「『J−SaaS普及指導員』によるセミナーは、一定の成果があったと思う。実際、獲得ユーザーの大半はセミナーからだった。問題は、『J−SaaS普及指導員』のマインドにある。セミナーを開催することが仕事になっており、本気で販売しようという機運が低い。当社は自ら普及指導員に接触して、自社サービスを拡販してもらえるようPRした」。売り手の販売意欲を掻き立てるような取り組みが必要との指摘だ。
前出の調査会社ノークリサーチの岩上シニアアナリストも、同様の見解を示している。「インセンティブ制度など『J−SaaS』を進める立場の人に対して、売った後のメリットを与える施策が求められる」とし、単なる「普及・啓発」ではなく、「提案」させる仕掛けが必要との意見だ。
一方、「J−SaaS」に参加しないISVからはこんな意見がある。業務ソフトメーカーのなかでいち早く自社単独でSaaS型サービスを始めたピー・シー・エ−(PCA)の水谷学社長は、「各アプリ間のデータを連動させる仕組みがないなど、ユーザー企業に提供するサービスが限られる」と問題点を指摘する。
また、トレンドマイクロの大三川彰彦・取締役日本地域担当は、「予算がなくなった時、『J−SaaS』基盤の維持・運用がどうなるか不安だ。危なくて提供できない」と話し、来年度以降の運用方法について方針が明確でない点を課題として指摘している。
その一方で、ライバルサービスが登場したことを要因に挙げる声もある。会計専用機ベンダーの日本デジタル研究所(JDL)の元役員である森崎利直氏が設立したアカウンティング・サース・ジャパンがもつ「A−SaaS」と呼ぶ会計事務所向けSaaSサービスだ。
「A−SaaS」は、会計事務所と協力してサービスを開発するモデルで、「J−SaaSよりも会計事務所のニーズにマッチしたサービスになっている」(業界関係者)。それだけに、経産省が協力を要請していた会計士や税理士は「A−SaaS」に傾き、「J−SaaS」の普及・促進に力を注がない傾向があったようだ。
不発な状況の主な理由
・知名度不足
・普及指導員の「売る」意欲のなさ
・プラットフォームの制約
・来年度以降の方針未定による業界の不安
・ライバルサービスの登場
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