
国家プロジェクトでユーザー企業にSaaS型サービスを提供する「J-SaaS」の正式リリース日がほぼ固まった。指揮をとる経済産業省は、正式開始日を3月最終週にすることで最終調整に入った。税務会計や給与計算など26種類のアプリケーションが一挙に月額3000~1万5000円の低価格でSaaS型サービスとして提供される。SaaS型サービスに、すでに着手していたITベンダーから「民需圧迫」との声も聞こえる。そうしたいわくつきの国主導のシステムがついに動き出す。
「J-SaaS」とは、SaaS型サービスの基盤となる情報システムの構築・運用を国が支援して、アプリケーションの機能をネットを通じてユーザー企業に提供するもの。ターゲットは主に従業員20人以下の中小企業だ。目標利用数は2010年度(11年3月期)末までに50万社を計画している。経産省が陣頭指揮をとり、「中小企業向けSaaS活用基盤整備事業」という名称で今年度から3か年計画で開始した。このプロジェクトで政府は今年度20億円を投資しており、来年度は17億6000万円の予算を要求している。
経産省は今期首から準備を進めていた。昨秋には計画を実行する幹事会社として新社会システム総合研究所を選択。SaaS基盤の開発企業には富士通を、ユーザー企業が実際に使用するアプリケーション開発会社として18社を、ほぼ同時に決定した。これまでシステム開発を進めていたが、年度末ギリギリにスタートできるメドが立った。3月最終週の「30日か31日にサービスを開始するスケジュールで最終調整している」(経産省の安田篤・情報処理振興課課長補佐)と話す。経産省はシステム開発と並行して年度内開始を見越して、「J-SaaS普及指導員」と呼ぶPR担当人員約600人を組織。今年初めから中小企業のユーザーを対象にセミナー活動を開始していた。
「J-SaaS」でユーザー企業は、ブラウザから専用サイトにアクセスして使いたいアプリケーションを選択・契約するだけで、これらの機能を利用できる。スタート時点でのアプリケーションの種類は基幹系アプリを中心に、
(1)財務会計、(2)経理、(3)給与計算、(4)税務申告、(5)グループウェア、(6)経営分析、(7)セキュリティ対策、(8)販売管理、(9)プロジェクト管理、(10)ネットバンキング、(11)社会保険手続き
の11分野で合計26種類に及ぶ。
データの入力・修正や閲覧はWebブラウザ上で行う。ユーザー企業側で処理したデータは専用サーバー内に保存する。作成したデータをもとに、国税庁に電子申請・申告できる仕組みもある。専用ポータルサイトはユーザー企業の利便性を考えて、シングルサインオンや各アプリで生成されたデータの連携機能を備え、専任の情報システム管理者がいない中小企業でも使えるように配慮した。ユーザー企業の利用料金は、ソフトウェア提供メーカーが自由に設定できバラバラだが、「3000~1万5000円の範囲内で落ち着きそう」(安田課長補佐)という。
使用したアプリケーションの料金徴収は、経産省が公募・採択した「収納代行事業者」と呼ばれる民間企業が行う。ユーザー企業はその代行事業者に月額で料金を支払い、代行事業者からソフトメーカーにキックバックされる。代行事業者はNTT東日本/西日本、NTTコミュニケーションズ、ウェブプロデュース、TKC、ミロク情報サービスの6社。ソフトメーカーは、使用したSaaS基盤のリソースに応じて「SaaS基盤使用料」を富士通に支払う。
「国がシステムの企画・開発、運用、そして普及啓蒙活動にいたるまで、今回のように支援するのは極めて異例で前例がない」(安田課長補佐)とのこと。異なるソフトメーカーの30種類弱のアプリケーションが同じシステム上、共通のポータルから安価に提供されるケースは過去に例を見ない。約20億円をつぎ込んでスタートする異例のSaaSシステムが、中小企業にどう受け入れられるか。SaaS型サービスにより中小企業のIT化が進展するかの試金石となることは間違いない。(木村剛士)
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民間にとっては「両刃の剣」
国が企画・開発したSaaS基盤が稼働することで、民間のITベンダーのビジネスに影響が及ぶのは必至だ。そこにはプラスとマイナスの両要素を含んでいる。
まずプラス面。クライアント・サーバー(C/S)型のパッケージソフトを持つISVのなかには、SaaS型サービスを提供したいけれども、そのノウハウと開発資金に乏しいベンダーが存在する。「J-SaaS」ではSaaS型サービスへの移行費用を国が負担し、ノウハウも提供する。経済産業省は今後、アプリケーションを拡充する方針で、今夏には7社のソフトを加えることを決定。それ以外にも来年度は「新たに数十種類増やす」(安田篤課長補佐)予定で、ISVにとっては国の支援を受けてSaaS型サービスを開始できるチャンスになる。
一方、マイナス面は。すでにSaaS型サービスを提供していたり、独自開発したSaaS基盤の貸し出しサービスを事業化しているITベンダーにとっては脅威となる。ISVが独自に販売しているSaaS型サービス価格に比べ、「J-SaaS」を活用した同種類のサービスは割安になる可能性がある。その場合、ISV独自サービスは価格競争力で劣るかもしれない。
そうしたなか、NECや富士通、NTTグループなどは自社でSaaS基盤を構築し、そのシステムリソースをISVに向けて貸し出すサービスを相次ぎ事業化した。「J-SaaS」とは競合になる。この構想が公表された直後から「民需圧迫」と批判の声があがった理由はここにある。
「民間企業主導で中小企業のIT化が進んでいれば、国がやる必要はなかった」(経産省)が、他国に比べて遅れている中小企業IT化は経産省の至上命題だ。半ばしびれを切らして施策を打った格好だろう。国主導の「J-SaaS」では、「売り方」も国が手本を示す方針。日本型の「SaaS再販モデル」の構築は、ここで試されることになる。(木村剛士/谷畑良胤)