Chapter III J−SaaSの今後
このまま終わらせないためには
「J−SaaS」は、実はさまざまな問題を抱えており、現段階までの実績をみれば不発に終わっているとしか言いようがない。だが、狙い自体は間違っているわけではなく、官主導で、巨額の資金を投じて作り上げたサービスをこのまま終わらせるわけにはいかない。少ないとはいえ、すでに利用しているユーザー企業のサポートも継続する必要がある。今後なすべきことは何か。
「今のままでは赤字。誰もが不幸せになるモデルになっている……」。ビジネスオンライン(BOL)の藤井博之代表取締役はこう漏す。
BOLのようなISVは、「J−SaaS」基盤の利用料金を、基盤運用会社の富士通に定額で支払っている。サービスの料金値上げをこの時期に行うのは無理な話で、ユーザー数が増えなければ、赤字から抜け出せない構図になっている。「このままでは『J−SaaS』から手を引いて、自社サービスへの移行を促す可能性もある」(藤井代表取締役)。
もしISVが「J−SaaS」から撤退するケースが増えてくれば、「J−SaaS」基盤を運用する富士通も困る。ISVからの利用料金を得られなくなるからだ。「J−SaaS」基盤は、もともと50万社の利用にも耐えられるように設計された巨大なITインフラ。それだけにシステムの維持コストも膨大で、あるISVによれば、「通常のSaaSインフラの利用料金に比べて、J−SaaSインフラのそれは高額」という。地道な普及・啓発活動による拡販は今後も継続する必要がある。
また、来年度以降の方針の不明確さもユーザーや業界の不安を煽っており、経産省が明確な指針を占める必要がある。「J−SaaS事業」は、昨年度、今年度の事業でシステムの運用やサービスの拡充、普及・啓蒙活動の計画がはっきりと告知されていない。スケジュールの明確化が必要だ。
また、サービスメニューの拡充も大切だ。図4をご覧いただきたい。「J−SaaSを活用しない主な理由」の上位3項目として、「必要とする業務アプリがない」「業務改善につながるアプリがない」「コスト削減につながるアプリがない」が挙がっている。ノークリサーチの岩上シニアアナリストは、「現状用意されているサービスメニューは安価なパッケージソフトが多く、SaaS提供にメリットがないのかもしれない」と話し、情報系アプリケーションの拡充が重要と捉えている。
さまざまな問題を抱えている「J−SaaS」。目標数値に対し遠く及ばない実績は、経産省が受け止めなければならない責任だ。しかしながら、問題点が浮き彫りになっていることは強みともなる。弱点を潰していけばいいからだ。現時点、あるいは今年度末時点で失敗の烙印を押すのは時期尚早。来年度からが本当の正念場であり、反省を生かした打開策を経産省と民間企業が従来以上に強固な関係を築いて考える必要がある。
J−SaaSプロジェクトの担当者
経産省、梅原徹也課長補佐に聞く
「J−SaaS」の成果と課題、そして今後 ─目標に遠く及ばない実績をどうみているか。
梅原 50万社は中期的な目標として定めたという認識だ。確かに数は少ないかもしれない。しかしながら、3000社のなかには「J−SaaS」を活用して「業務コストを削減できた、業務効率化が図ることができた」という声があり、成果は出ている。数(ユーザー数)だけでは、成果は測れない。
─普及・促進活動が手薄だったのではないか。
梅原 告知・提案の普及セミナーはこれまでに140回ほど開催し、2000~3000人の中小企業担当者が受講した。普及指導員は1800人が育っている。12月以降は、回数を増やして今年度末までに500回は開催する。実機を使って紹介するので、1度に受講できる人数は10~20人で限られている。そのため、一気に普及させることはできないが、地道に続ける。
─来年度の方針が見えない。
梅原 「中小企業向けSaaS活用基盤整備事業」は今年度で終わり、来年度の予算もない。他の事業予算から捻出することができるかといえば、状況が状況(政権交代、事業仕分け)だけに何とも言えない。
来年度の方針は、まず「J−SaaS」基盤の運用は、現在の富士通が継続するか、それ以外の民間企業が単独で手がけることになる。今はその検討段階で、民間企業と交渉している。いずれにしても、「予算がなくなるからJ−SaaSが終わる」ことは絶対にない。サービスは続く。
サービスメニューの拡充は、まず2009年8月に決めた約20種類のサービスを来春に追加する。バックオフィス系のアプリだけではなく、情報系アプリを追加する予定だ。来年度以降については、基本的に「J−SaaS」基盤の運用会社が独自でサービスメニューの拡充施策を進めてもらうことになる。
─普及・促進活動はどうなるか。
梅原 基本的に「J−SaaS」運用基盤の運用を任せた民間企業が推進することになる。とはいっても、経産省が何もしないわけではない。セミナーの開催など普及・啓発活動で手助けできる部分は全面的にバックアップする。
─この8か月の間、「J−SaaS」を普及させるために悩んだ点は。
梅原 中小・零細企業のITリテラシー・スキルは予想以上に低かったこと。「SaaSとは何か」を説明する以前に、ITを利用することのメリットやパソコンの操作などを説明しなければならない場面もあった。ユーザー事例をもっと公開したり、参加者をITスキルごとに分けて、内容を変えたりする必要があったかもしれない。