2009年の国内IT市場は、リーマン・ショック以降の世界同時不況の影響で、歴史的な低迷に喘いだ年だった。多くのユーザー企業が投資を引き締め、あらゆるITシステムのコスト削減を実施した。2008年中盤までにSIerなどが獲得していた案件では「延期・中止」が相次ぎ、2009年の見通しが立たないままのスタートだった。しかし、IT業界の社長らに2010年のIT景気動向を取材すると、意外と悲観していないことが分かる。それは、以下に示す“売れる”商材が目の前にあるからだろう。
不況下でも伸びる“有望株”を予測これが“売れる”I
『デスクトップの仮想化』
運用費高止まりを解消
仮想化技術の波が、2010年はいよいよクライアント領域に押し寄せる。サーバー領域から火がついた仮想化は、その勢力範囲がクライアント領域へと大きく拡大。ITコスト削減に向かうユーザーニーズをつかもうとしている。
これまで、アプリケーション部分だけをサーバー側に集約する「ターミナルサービス」の利用は、頻繁に行われていた。だが、クライアントパソコンのOSを含め、サーバーに集約する「デスクトップの仮想化」の普及はこれからが本番になり、2010年に花開くことが予想される。サーバー上で仮想化したクライアントを動作させ、これをパソコン端末から利用することにより、クライアントの維持管理コストを抜本的に削減するため、不景気のなかでも注目度が高まるだろう。
「ターミナルサービス型」で実績を上げてきたシトリックス・システムズ・ジャパンは、Windowsデスクトップをサービス化し、あらゆる場所の、あらゆるユーザーへ届けるデスクトップ仮想化ソフトウェアの「XenDesktop」を前面に押し出している。「ターミナルサービス型」と「デスクトップの仮想化」の組み合わせで、ユーザー企業の多様なニーズに応えようとしている。サーバー仮想化で先行するヴイエムウェアは、対抗製品「VMware View」の売り込みに力を注いでいる。同製品は「1ユーザーあたりの維持管理コストをおよそ50%削減できる」(三木泰雄社長)と、ITコストの削減ニーズが高いユーザー心理を突くことでシェアアップを目指す。
企業のパソコン環境は、1990年代に爆発的に普及したクライアント/サーバー(C/S)型のアーキテクチャからほとんど進化していない。社員の数だけパソコンが配備されているにもかかわらず、その管理手法はここ10年余り変化せず、維持運用コストは高止まりのままだ。ハードウェアの価格が安くなった今、クライアントの維持運用コストの多くは、保守や設定サポートなどに費やされることになる。
パソコンの販売では十分な利益をあげられなくなって久しいIT業界。デスクトップの仮想化では、サーバーやストレージ、仮想化に必要なミドルウェアソフト、ツール類などまとまった投資を引き出すことができる。
これが“売れる”II
『高付加価値サーバー』
ブレードやftはこれから本番
景気後退はx86サーバーの販売にも悪影響を与えている。IT調査会社各社は、今年度(2010年度)の上期(4~9月)実績として大幅なマイナス成長を発表。通年でも調査開始以来、最悪の数値を予測している。MM総研の調べによると、今年度上期の出荷台数は対前年同期比19%減の22万3725台、通期では14.5%減の45万3725台と予測した。サーバー市場で唯一プラス成長を続けてきたx86サーバーは、5~6年前の市場規模に戻ってしまった。
そんな厳しい状況でもプラス要因はある。出荷金額だ。マイナス成長ではあることに変わりはないが、台数よりは落ち込み幅が小さいのだ。
x86サーバーの上期出荷金額は、MM総研では12.6%減の865億円と予測。台数のマイナス成長率に比べて、落ち込み幅は6.4ポイント小さい。要因についてMM総研では、「サーバーの仮想化需要やインテルの新チップセットの登場で、単価の高いモデルが伸びて歯止めがかかった」と分析している。
中堅・中小企業(SMB)のIT動向に詳しいノークリサーチも同様の見解を示す。「タワー型の低価格モデルから高機能モデルやラック型にニーズが移行したことで、平均単価が下げ止まり傾向にある」(伊嶋謙二社長)。
これらの調査レポートは、サーバー統合への関心や仮想化技術の着実な浸透、環境への配慮意識の高まりで、ユーザー企業は単価が高くても、高付加価値モデルを求めていることを表している。ブレードサーバーやftサーバー、処理能力の高いMPUを搭載したハイスペックモデルが高付加価値モデルの代表例だろう。高額商品は一見、ユーザー企業が購入に二の足を踏むと考えがちだが、ユーザーの需要は高付加価値=高額モデルにシフトしつつあるのだ。

ブレードサーバーは高付加価値モデルとしてIAサーバー市場のけん引役を担う。写真は日本HP製ブレード
これが“売れる”III
『リモート運用管理サービス』
クラウド下で運用管理ニーズ高く
ネットワークインフラのリモート運用管理サービスの導入機運が高まっている。データセンター(DC)を所有する事業者やユーザー企業などがクラウド・サービスを推進するために「次世代DC」と銘打ってセンター内のシステムを増強し、加えて「止まらないネットワーク」に向けたインフラのリプレースと運用管理のニーズが高まっているためだ。そのため、ネットワーク系のインテグレータ各社によるサービス提供が相次いでいる。
ネットマークスでは、ネットワーク運用支援サービス「PowerPlanet」の提供を2009年夏から提供している。同サービスは、顧客専用のWebポータルサイトを通じて有力な情報の配信と、ネットワーク設定変更時の技術的なアドバイスを実施するSE(システム・エンジニア)支援サービスなどを組み合わせ、保守契約のオプションとしてメニュー化した。
サービスを開始した理由は、ネットワークインフラ構築後の確実な運用を重要視するユーザー企業が増えているためだ。同社によると提供社数は、今年度(2010年3月期)に20社、12年度までに230社を見込んでいる。同社は日本ユニシスグループの一員として、グループ全体でビジネスを拡大することも視野に入れている。同サービスをベースに、ITシステムの保守サービスを手がけるユニアデックスと協業し、コンピュータとネットワークの両分野を融合した支援サービスの提供を模索しているという。
一方、ネットワンシステムズでは、検証センターである「XOC(エキスパート・オペレーション・センター)」で、ネットワークインフラのリモート運用管理を行っている。このビジネスを手がけることになったのは、同センターでITシステムまでを網羅したアウトソーシング事業に着手するためだ。まずは、ネットワークのリモート運用管理で新規顧客を開拓、次のステップとしてアウトソーシングを提案することに力を注いでいる。
各社とも得意のネットワーク関連事業でサービス拡充を図ることで、ITシステムの運用を視野に入れたビジネスを幅広く手がける考えだ。ネットワーク系のインテグレータとして、SIerとは一線を画した差異化策を講じているわけだ。
これが“売れる”IV
『モバイルソリューション』
iPhoneなどの業務利用が加速
携帯電話の高機能・高速化が進んでいることを背景に、2010年はモバイルソリューションの普及が加速しそうだ。利用が拡大する理由の一つとして通信速度の高速化が挙げられる。これまでのモバイルソリューションでは、通信速度がネックになっていた。しかし、3.5世代携帯電話と呼ばれるサービスでは、下りの通信速度が最大7.2Mbit/秒の「HSDPA」だけではなく、上りの通信速度も高速化した「HSUPA」の導入が始まっており、モバイルでの高速回線環境が整い始めた。2010年には「LTE」と呼ばれる光ファイバー並みの通信速度をもつ第3.9世代携帯電話も予定されており、追い風になる。
モバイルソリューションでキーワードになるのが、スマートフォンだ。従来の携帯電話端末よりも大画面のディスプレイを使った視認性の高さやビジネス用アプリケーションの搭載によって、社外でのメールチェックやデータ処理がより容易になるため、業務効率の向上を図ろうとする企業での導入が進む可能性もある。
そのスマートフォンのなかでもとくに注目されるのが、米アップル社製のスマートフォン「iPhone」である。第三世代携帯電話に対応し、タッチパネルを使ってメールチェックやアプリケーションの使用などが簡単にできる「iPhone」は個人向けでの普及が進んでいる。法人市場でも、その操作性の高さから利用する企業が増える可能性がある。
「メールチェックやグループウェアの利用が簡単にできるiPhoneは、ビジネスマンの生産性を上げる革新的な端末だ」と、ソフトバンクBBの溝口泰雄常務執行役員は自信をみせる。「iPhone」を販売するソフトバンクでは、グループ各社が連携して法人市場の開拓を加速しており、実際に医療分野や学校での導入事例が出てきているという。さらに、全世界で技術者がアプリケーションの開発を進めていることも販売を後押ししそうだ。
一方、対抗馬として、低価格でネット端末として高い処理性能をもつネットブックが存在感を高める可能性がある。大手ディストリビュータの丸紅インフォテックでは、ネットブックと3.5Gのデータ通信カードを組み合わせたシンクライアントでのモバイルソリューション販売に乗り出している。スマートフォンとネットブックが、モバイルソリューション端末の座を争うことも予想される。

ソフトバンクが販売する米アップル製のスマートフォン「iPhone 3GS」
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