構造変化に適応せよ
組み込み、クラウドで動き
情報サービス業界に、構造的な変化が起こっている。日本の基幹産業の一つである製造業の勢力変化で組み込みソフトビジネスが変容。クラウドによるサービス化の潮流も情報サービスビジネスに大きな影響を与える。変化への適応を急ピッチで進めるSIerを追った。
ガラケー衰退でダメージ  |
コア 簗田稔社長 |
リーマン・ショック以降、最も打撃を受けた分野の一つが組み込みソフト開発だった。製造業の製品開発の凍結や延期が相次いだためだが、その回復の足取りは、他の業務系システムに比べて遅い。携帯電話、自動車、情報家電の組み込みソフト三大需要のうち、携帯電話に関しては経済危機の影響というよりは、もはや構造的な問題となっている。iPhoneやAndroidに代表されるスマートフォンに押され、これまでSIerを潤してきたガラパゴスケータイ(ガラケー)は衰退の一途をたどっている。
SIerで組み込みソフト開発最大手の富士ソフトの業績は、今年度上半期(10年4~9月期)も十分に回復しなかった。組み込みソフト開発セグメントの連結売上高は、前年同期比3.7%減の189億円で苦戦。同じく組み込みソフト開発に強いコアの上期は、携帯電話向け開発の売り上げが同34.3%減と、引き続き落ち込んだ。組み込みソフト全体でも4.6%減の45億円で、厳しい状態が続く。
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富士ソフト 白石晴久社長 |
日本の電機業界とは対照的に、韓国や台湾メーカーは開発投資を拡大させている。富士ソフトは、デジタルテレビや携帯電話の分野で、韓国や台湾の有力メーカーからの受注を拡大。白石晴久社長は、「韓国や台湾メーカーと億単位の商談が活発化している」と、組み込みソフトビジネスのグローバル展開によって国内の落ち込みをカバーする。コアの簗田稔社長も、「スマートフォンで先行する海外メーカーとの取引拡大を視野に入れる」方針を示す。一方、自動車については日本メーカーに優位性があり、とりわけ電気自動車(EV)はソフト開発需要が大きいとみられている。
サービス化シフト鮮明に クラウドの潮流にも大きな変化が起きている。野村総合研究所(NRI)は、自社で開発した証券業向け共同利用型基幹業務システム「STAR-IV(スターフォー)」を、野村證券が採用すると発表。早ければ2013年にも本格利用を始める。STAR-IVは、国内証券会社の口座数ベースで3割弱のシェアを誇るNRIの主力サービスで、今回、野村證券が加わることでシェアは一気に過半数に達する見込み。NRIの嶋本正社長は、「証券業向け基幹業務サービスでデファクトスタンダードになる」と意気込む。
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NRI 嶋本正社長 |
ただし、これまで独自のシステムを開発してきた野村證券が、クラウド方式ともいえる共同利用型に移行すれば、当然ながら個別のシステム開発の規模は縮小せざる得ない。野村ホールディングス向けの売上高は、直近の上期売上高構成比で23.8%を占める大口だ。受託ソフト開発が減少する可能性があるが、NRIは少なくとも野村證券の基幹業務システムについて、従来の受託ソフト開発ビジネスに見切りをつけ、サービス型へとより大きく踏み込んだことになる。
NRIは、中国を中心に据えて「第二のNRIをつくる」ことを旗印として掲げ、アジアへの進出を積極的に進めてきた。
だが、中国へのオフショア開発の発注額については、年々減少する傾向にある。08年3月期の160億円余りをピークに3期連続減少して、今期は130億円の見込みだ。一方、国内の社員数は増加傾向にあり、ここ数年の新卒採用数は350人前後で推移している。数字だけをみれば、受託ソフト開発の減少に伴う空き工数を内製化によってカバーしているようにも見受けられる。グローバルでの競争力を高めるには、給与水準が高いことが壁となり、このことによる国内メインの開発体制の限界も指摘されている。
Epilogue
成長なくして生存なし
グローバル戦略で勝ち残れ
リーマン・ショックから3年目。自動車や電機など大手ユーザー企業の業績が回復傾向にあるとはいえ、情報サービス業界は依然として不況から脱し切れていない。国内の製造工場が、海外工場との競争に敗れ、製造工程が海外へとシフトしていくのと同様、情報サービス産業においても“製造工程”の海外シフトは避けられない。これまで国内製造がメインだっただけに、昨今の中国・インドでのオフショア開発の拡大は、しばらく続くことが予想される。
NTTデータが海外で頻繁に競合する相手に、インドの有力SIerが増えているという。彼らが、それだけ実力をつけているということだ。だからこそ、同社はインドで8000人、中国で2000人規模の人員確保のめどをつけた。それでもNTTデータがライバル視するアクセンチュアやIBMは、インドで4万、6万の単位で人員をすでに擁しており、彼我の差は歴然としている。だが、「成長なくして生存なし」の原則は揺るがない。新興国を味方につけたグローバル規模の成長戦略が求められている。
業績回復の遅れが際立つ
収益構造で明暗分かれる 情報サービス産業の業績回復の遅れが際立っている。有力SIer50社の直近の半期決算をみると、売上高の伸び悩みもさることながら、営業利益でより大きく落ち込んでいるケースが多くみられる。需要が限られるなかで競争が激化し、安値受注による利幅縮小が懸念されている。下期(10年10月~11年3月期)偏重傾向があるため、通期は改善する見通しを示すSIerも少なくない。
中堅SIerの業績不振も目につく。受託ソフト開発が海外オフショアへ移行する動きは確かにある。しかし、すべての中堅SIerの仕事が奪われているわけではない。自社の強みとする事業領域をしっかりと確保し、その領域では誰にも負けない専門性を発揮するSIerは、むしろ業績を伸ばしている。例えば、岐阜の電算システムや、静岡のビック東海の地域有力SIerが健闘。また、金融フロンティア領域を得意とするシンプレクス・ホールディングス(10月1日付でシンプレクス・テクノロジーから社名変更)も堅調だ。
10年4月以降、ユーザー企業がサーバーやパソコンなどのハードウェアの買い換えを活発化させたことも業績を押し上げる要因になっている。成熟した国内市場では、買い換え時期が過ぎると、ハード商材の売り上げは再び落ち込む。持続的な成長が可能な収益構造の重要性が増していることに変わりはない。