情報サービス産業の2011年は、成長に向けた行動を起こす年である。大手・有力SIerは、経済危機以降、2年余りにわたって構造改革を推進し着実に利益を出せる体制を整えてきた。経営トップは、攻めの経営に再び乗り出す方針を明確に示す。
進むべき道、明確に
成長に確かな手応え 2011年、情報サービス産業の進むべき方向性がよりはっきり見えてくる──。SIer経営トップは、ここへきて成長に向けた事業展開やビジネスモデルに、確かな手応えを感じているからだ。SIerの多くは、2008年に発生した経済危機以降の混沌とした状態から、ほぼ2年をかけて業績をもち直してきた。必死の構造改革の成果によるものだが、経済危機を境にして、見える風景は一変した。この特集では、SIerトップが展望する情報サービス産業の未来を追った。
先行者利益か、残存者利益か
全治2年、回復へ期待 2010年を振り返ると、情報サービス業界の売上高は、総じて伸び悩んだ。情報サービス産業協会(JISA)が集計した経済産業省の特定サービス産業動態統計・速報によれば、2010年10月は前年同月比1.7%減と、2か月連続のマイナス。8月にいったんプラスに転じていたものの、7月までは実に14か月連続のマイナス成長であった。2010年の暦年では、2009年に引き続いてマイナス成長になる可能性が高い。
主要SIerの幹部は、足下の受注状況からみて、2011年は回復がより鮮明になってくることを期待する。リーマン・ショックは全治2年とJISA幹部の多くは見立てており、すでに3年目に入っている現在は、復調に向かっている可能性が高い。
しかし、経済危機の前と後では、事業環境は一変した。大きくダメージを受けた先進国マーケットとは対照的に新興国市場は力強く回復。アジア地区では中国・ASEANの経済がめざましく成長している。日本のグローバル企業は、新興国への投資を拡大させており、これに対応するかたちで国内主要SIerの海外進出が本格化の様相をみせているのだ。
新興国へ進出している有力ユーザー企業は、現地での生産や販売、保守サポートに至る業務システムを急ピッチで整えている。当然のことながらIT投資も現地で行われることが増える。日本が長期的な低成長期への突入段階にある今、「むしろ国内のIT投資を抑制しても、ビジネスが拡大している新興国でのIT投資を増やす動きが加速する」と、ある大手SIer幹部は懸念する。国内情報サービス業の弱含みな成長をみると、仮に数%の割合で海外でのIT投資が増えただけでも、途端に伸び率が相殺されてしまう。これでは、いつまでたっても国内情報サービス業は成長できない悪循環に陥る危険性がある。
グローバル化の加速急  |
ITホールディングス 岡本晋社長 |
先行者利益か、残存者利益か──。経済危機以降の2年間、情報サービス産業のビジネスモデルは大きく変化した。クラウドコンピューティングや中国・ASEANの新興国対応をはじめとするグローバル化のうねりは、経済危機の以前とは比べものにならないほど大きくなっている。SIer大手トップグループの一角を占め、クラウドや新興国対応を意欲的に進めるITホールディングスの岡本晋社長は、「先行者利益か、残存者利益か。選択肢は二つある」と話す。
つまり、クラウドの基盤となるデータセンター(DC)への先行投資を行い、中国・ASEAN市場でのビジネスをいち早く立ち上げたSIerが得られる先行者利益がある一方、今後プレーヤーが減っていくことが予想される成熟した国内市場で、最後まで勝ち残ることで残存者利益を得ることができる。例えば、これまでSIerの収益を支えてきた受託ソフト開発の需要は、減りこそすれ、なくなることはない。技術者の派遣やメインフレームの保守、帳票発行業務なども同様だろう。
最後まで残り、体力勝負でまとまったシェアを獲れれば残存者利益が待っている。縮小するビジネスで、撤収戦略を完璧にこなすことを目指すか、あるいは拡大するクラウドや新興国市場へ率先して身を投じ、勝ち上がっていくのかの違いである。大手SIerなら、両方の方法を並行して推し進めることで、先行者と残存者の両方の利益を得られる可能性があるが、そうでない中堅クラスのSIerは、進むべき方向をどちらかに絞る必要がある。
中国・ASEANに投資集中  |
NTTデータ 山下徹社長 |
主要SIerの動きをみると、目立つのは先行者利益の追求だ。グローバル進出を俯瞰してみると、圧倒的に目につくのが中国・ASEAN地区への進出である。NTTデータやITホールディングス、野村総合研究所(NRI)、JBCCホールディングス、富士ソフト、コア、SJI、日立情報システムズ、シーイーシーなど、大手から中堅、独立系からメーカー系まで、幅広いSIerが進出している。
進出地域別でみると、NTTデータがドイツのアイテリジェンスやサークエント、米国のインテリグループ、キーンなど、有力SIerをここ数年で次々とグループ化し、欧米市場への進出を拡大させる一方、他のSIerは、中国・ASEANへの進出に集中する傾向が強い。欧米のSIerにM&Aを仕掛ける資金的余裕の差もあるが、それよりも高度成長を続ける中国・ASEAN市場への投資に魅力を感じるという動機が大きく作用している。また、SIerの顧客である大手ユーザー企業が中国・ASEAN市場でのビジネス拡大を進める動きと歩調を合わせようとしている側面もある。
NTTデータのインテリグループとキーンのグループ化には、二つの共通項がある。一つは、ともにSAP、OracleなどメジャーなERP(統合基幹業務システム)構築を得意としていること。もう一つは「インドでの強力な開発人員を擁している」(NTTデータの山下徹社長)点である。社員数約2100人のインテリグループと、同約1万2500人のキーンのおよそ半数はインドで勤務している。2010年のわずか1年間で、NTTデータグループの既存人員を含め、インドで8000人規模の開発人員の確保にめどをつけた。
成長エンジン役を担う  |
日立情報システムズ 原巖社長 |
欧米市場への進出においても、NTTデータの動きが示す通り、アジア地区での開発拠点の拡大はもはや避けては通れないことを示している。ましてや、アジア市場への進出では、それぞれの地場市場に最適な価格帯での開発・運用の拠点づくりが不可欠だ。日本のSIerの多くが中国への進出を決めているのは、過去およそ20年の中国オフショア開発の基盤があるからこそ。日本の海外オフショア開発の8割方が中国で行われており、急拡大する中国国内でのSI案件でも、これまで培ってきたオフショア開発体制を生かせる。
2015年度をめどに、海外売上高比率を直近の約22%から35%へと高める目標を掲げる日立製作所の情報・通信システム事業に連動して、グループ主要SIerの1社である日立情報システムズも海外売上高比率35%への拡大を目指す。まずは、中国・ASEAN、インドを中心として、日立グループやビジネスパートナーと連携しての事業基盤の整備を急ぐ。今年6月には、海外でのクラウド型サービスの第一弾として、タイ有力ITベンダーのNIITテクノロジーズと日立製作所の3社提携で、タイにデータセンター(DC)拠点を開設。まずは、ITリソースのオンデマンドサービスやホスティングサービスを始めた。
日立グループの日立ソリューションズが大規模なSIやサービスで海外進出を進めるのと並行して、もともとアウトソーシングや運用を得意とする日立情報システムズは、DCを軸としたクラウド型サービスを前面に押し出す。ほかにも中国2か所、ASEAN地区1か所で、タイと同様のDC拠点開設への交渉を進める。世界経済の成長エンジン役を担うアジアで、「日立グループが一丸となったビジネス拡大を推進する」(日立情報システムズの原巖社長)方針を示す。
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